(この短時間に二人も攻略対象と出会ってしまうなんて!)

 誕生日だけど厄日だ。イリーナは迂回し、正面から玄関へと向かった。
 門番たちは外から走って現れた主役の姿に驚いていたが、イリーナは扉の開閉を急がせた。

「扉を開けて! 早く!」

 だが何かに追われるような慌てぶりがかえって大人たちを混乱させてしまう。

「イリーナ様!」

 そうしているうちにイリーナを呼び止める者が現れた。相手が格上の家柄であった場合、無視をしては失礼にあたるため、イリーナは貴族としての矜持でなんとか振り返る。
 真剣な眼差しでこちらを見つめる男の子は小さく震えていた。その表情は明らかに不安そうで、今にも泣きだしてしまいそうだ。

「俺、あ、いえ、私はエルマ家の、マリス・エルマと申します。イリーナ様におかれましては本日も大変お美しく、誕生日のお祝いに駆けつけられたこと、心より嬉しく思います!」

 遅れてやって来たのだろう。マリスは本日初めてイリーナに会うという挨拶を披露した。それも誰かの言葉を借りたような文面で。

「マリス・エルマ?」

 その独特の容姿には覚えがあった。ふわりとした茶色の髪は襟足だけ赤く色づいている。
 名前を覚えてもらえたことが嬉しいのか、マリスの緊張は解れたようだ。けれどイリーナの顔はますます青くなる。またしても攻略対象が目の前に現れたのだ。
 マリス・エルマは伯爵家の生まれで主人公の級友。自分にあまり自身の持てないマリスだが、主人公と出会うことで自分を信じられるようになっていく。
 最初こそ自分が世界一哀れだと思っているマリスだが、ゲームの最後で彼が哀れだと言うのはイリーナだ。愛する人のいない、愛されることのない可哀想な人だと。

(こんな震えた小動物のような態度をして、最後には私を哀れむのよこの男は!)

「お祝いの言葉、ありがとうございます」

 イリーナは当たり障りのない返答をして扉を開けさせた。

「お待ち下さい! イリーナ様!」

「話は済みましたよね!?」

 追いすがられたイリーナは必死だった。しかし負けじとマリスも追いすがる。

「待って下さい! あの、母が、イリーナ様と仲良くするようにと!」

 マリスの母は侯爵家との繋がりを欲しているらしく、息子への教育は徹底しているようだ。だがイリーナには親しくするつもりはない。

(誰が攻略対象と関わるものですか!)

 決意は固かった。

「大丈夫! 私たちとっても仲良しよ! だってほら、私たち、もうお互いの名前を言えるわ。それでね、私とても急いでいるの!」

 立派な顔見知りである。これで彼が母親からお叱りを受けることはないだろう。またどこかのパーティーで顔を合わせることがあれば知り合いくらいの顔はしてやるつもりだ。だから解放してほしい。