「オニキス。イリーナは登校していないのか?」

 しかしアレンはそんなオニキスの態度を苦しみだと判断してしまった。滅多に表情を変えることのないオニキスが友人の視線から逃れるため顔を逸らしたのだ。そこにはよほどの苦痛があるに違いない。

「イリーナの入学は見送りになった」

「なんだと!?」

「その、少し体調が悪くてな。本人も外に出たくないと言い張っているし、まったく困った妹だよ」

「だが……」

「本当に心配することはないんだ。それじゃあな、アレン。俺は今日はこのまま帰らせてもらうぞ」

 言うなりオニキスは席を立つ。いつもなら急いで家に帰ることのないオニキスが帰路を急いだ。まるで家を離れることを躊躇うように。まるでその人と離れることを惜しむように。

「まさか本当に、イリーナの身に何か……」

 実際彼女は六歳のパーティーでは目の前で倒れている。自分の前では強がっていただけで、本当に持病があってもおかしくはない。

(そういえば昔、イリーナは自分には時間がないと言っていた!)

 だとしたら先ほどのオニキスの辛そうな表情にも納得がいく。どんなに離れていようと実の兄妹。妹が手の施し用のない病気を患っていたとして、それを告知されては冷静でいられるはずがない。少しでも長く家族の時間を持ちたいと思うだろう。
 イリーナのことが心配でたまらない。もう彼女に会えないかもしれないと思うと胸が締め付けられる。不安の正体に気付いたアレンは立ち上がった。

「そうか……俺はイリーナのことが!」

 そうとわかればのんきに授業など受けてはいられない。
 ただならぬアレンの様子に教室は騒然とする。しかしリオットだけは通常仕様でアレンにくってかかる度胸と勇気を持っていた。

「アレン。次の授業は――ってアレン!?」

 しかしアレンはリオットに構うことなく駆け出す。

「おまっ、ここ三階!」

 クラス中の静止を振り切って窓から飛び降り平然と着地を決めた。背後から悲鳴も聞こえたが募る想いに立ち止まってはいられない。

「今行く。イリーナ!」

 誤解が誤解を生んでいた。