強引にプレゼントを受け取らせてから、何度か理由をつけてイリーナに会いに行った。そうすればいずれあの複雑な気持ちが晴れると思った。
 ところがイリーナは別人のように変わってしまった。顔を合わせれば飛び上がるほど驚いては悲鳴を上げる。とても臆病な子になっていた。
 そんな反応は初めてで――

 正直、面白かった。

 新鮮な体験だ。怯えたイリーナの瞳に自分が映るたび、優越感を抱くようになった。あの庭師の子どもには向けていなかった眼差しだ。
 オニキスの話では誕生日以降部屋に引きこもるようになったらしいが、医者に見せても悪いところはないという。ただ怯えたように部屋に閉じこもっているそうだ。

(俺が何かしてしまったのか?)

 その理由が知りたいと、何度も侯爵邸に足を運んだ。
 しかしイリーナに会いたいと言えば体調が悪いと断られてしまう。そのため騙し討ちのような形で会いに行くことが増えていった。
 庭園を散歩している姿に声をかけたり、本を読んでいるところへ出向いたり。オニキスは部屋にばかりこもっていると言ったが、意外と活動的なところもあるらしい。それが家族には見せない姿だというのなら、偶然とはいえ知れて嬉しいと感じた。

 話してみるとイリーナは自分が思うよりもずっと多くのことを考えていた。彼女に対して頭が良いと感じさせられたのは初めてだ。

(本当に六歳か?)

 手にしている本を見れば大人でも舌を巻く魔法薬の教本だ。どうやらイリーナは魔法薬に興味があるらしい。意見を聞けば薬に対する認識と、改善を求める姿勢に感銘を受けた。
 頭が良いだけでなく、国の将来を考えている。まさかイリーナにこれほどの意思があるとは思わなかった。
 しかもだ。オニキスも彼女の両親もそのことに気付いていない。彼女をただの臆病な引きこもりだと思っている。自分だけが知るイリーナの姿に優越感が膨らんでいく。

「イリーナ」

「ひいっ!」

 名前を呼べば彼女は怯えた眼差しでこちらを見上げる。何度も繰り返すうち、その表情が忘れられなくなっていた。歪んだ始まりではあるが、イリーナのことを好ましく思っていることにも気付いている。だから今日もこうして彼女の姿を探していた。

(入学してしまえばこちらものもだ)

 同じ授業を取った時、彼女はどんな反応を見せるのか。そんなことを考えては朝から楽しみで仕方がなかった。