家族四人で食卓を囲む。そんな当たり前のことがバートリス家では考えられないことだった。
 食事の支度が整う頃にはイリーナ用の子ども椅子が用意され、一人で座って食べられるようになっている。しかし母との距離は近く、きちんと食べられるか心配されていた。ひとりでフォークもナイフも使えるが、つきっきりで食べさせようとしてくるのだ。
 父は食事をしながら珍しいものを見るようにこちらを眺めている。断じて見世物ではない。兄も何か言いたそうにちらちらと視線を寄越してくる。

(家族の食事ってこんなだっけ!?)

 久しく触れていないだけに戸惑うイリーナであった。

「ん、んんっ! 確かイリーナはにんじんが嫌いだったな」

 わざとらしく咳払いをしたオニキスが注意を引いて切り出す。

(そういえば昔、にんじんを食べられなくて喧嘩したんだよね)

 イリーナはにんじんくらい食べられなくても困らないと言い、オニキスはそんな妹に呆れていた。
 けれど前世の記憶をとりもどしたイリーナにとってにんじんは脅威ではなく、むしろ好きな方だ。

「もう食べられます」

「いや、無理して食べるのは良くないぞ」

(え……なんか、対応甘くない?)

 以前は喧嘩越しになっていたはずだ。

「大丈夫です。食べられます」

 イリーナは母に頼んで口元に運んでもらうと、普通に食べただけだというのにオニキスは笑顔でイリーナを褒めちぎった。

「イリーナは偉いな!」

 この人は本当にあの兄だろうか。無表情で冷たくイリーナを見下ろしていた、あの兄だろうか。

「頑張ったな、イリーナ。褒美に私の苺をやろうか?」

(父様もそういうこと言えるんだ!?)

 一応、礼は言うべきだろうか。

「ありがとうございます。父様」

「父さん! 俺がイリーナに苺を渡すつもりだったんです。感謝されるのは俺だったはずなのに、抜け駆けですか」

「何のことだ。私はただ、真に喜ぶ者が食べるべきだと思っただけだ」

「二人とも! 大人しく食事は出来ないのですか。イリーナちゃんが困っているでしょう」

 オリガの一括により不毛な睨みあいに終止符が打たれる。そしてとびきり甘い声で彼女は言った。

「イリーナちゃんには私の苺をあげますからね~」

「母さん……」

「オリガ……」

 二人のため息が部屋に響き、イリーナの皿には苺の山が出来た。