メイドたちの協力により、物置とされていた部屋を掃除してもらう。
 侯爵令嬢としてためたおこずかいをはたいて研究機材を調達し、倉庫に運び込んでは部屋を改造して立派な研究室を作り上げた。機材はタバサが調達してくれたものと、搬入が難しい大きなものは門番に頼んで運び込んでもらう。幼いイリーナに代わって倉庫まで彼らを誘導してくれたのは執事だ。
 ちなみに門番は差し入れのお菓子で懐柔した。初日以来料理長の信頼を得たイリーナは厨房にも頻繁に出入りしている。おかげて侯爵邸の食事は密かにレパートリーを増やしていた。
 真心こもった差し入れの虜となった門番はイリーナ宛の荷物をこっそり届けてくれる。持つべきものはゲームには登場しなかった人たちだ。イリーナが理想を語れば積極的に協力してくれた。

(お肌に良い薬を作りたいと言ったり、疲れを軽減させる魔法薬を開発したいと言ったらみんな協力的だったのよね)

 前世での薬は望めば手に入る身近なものだった。けれどこの世界では軟膏も、痛み止め一つとっても簡単には手に入らない。効果を望める薬は値が張るため一般人には購入が難しく、みんながそれを当たり前として受け入れている。だからこそイリーナはみんなの役にも立ちたいと願うようになった。

(みんなのためにもいつか本当に開発してみせるわ!)

 それがこの研究室を一緒に作り上げ、秘密を共有してくれた人たちへの一番の恩返しとなるだろう。
 研究室の準備が整えば、残すは材料の調達だ。薬の生成に薬草は欠かせない。
 イリーナはどこか植物の栽培に適した場所はないかと屋敷の周りを歩いて回った。中庭も温室も、それを育てるには目立ち過ぎる。
 ほどなくして辿り着いた裏庭は十分な広さがあり、日当たりも良好だ。

「ここ、良い感じ!」

 裏庭までは両親の目も届かないだろう。ここでなら魔法薬の生成に必要な植物を育てられる。

「あれ、イリーナお嬢様?」

 背後から現れたのはジークだった。

「今日はお加減が良いんですね。このところあまりお部屋から出られないと聞いて、心配していたんですよ」

「え、えええそうなの、今日は気分が良くて! ジークはどうしてここに!?」

 庭師の息子なのだから庭にいても不思議はないだろう。焦ったイリーナは失言に取り乱す。

「ここは僕が父さんから手入れを任されているんです。まだ父さんほどの仕事は出来ないんですけどね」

(ここで植物の栽培をしたいならジークの許可がいるってこと!?)