「そうだったね。けど、今日の主役は君だ。誕生日を祝うことに資格がいるのかな?」

「それは……」

「それとも、可憐な花の方が君の心を射止められた?」

(見られてる! これジークから花束受け取ったの見られてるよね!?)

 どこの誰とも知らない人間からの花束は受け取れて、婚約者候補で王子の自分が渡したプレゼントは受け取れないのかと言われているのだ。
 幼い頃からアレンの口は達者だったらしい。ゲームで良く言い含められていた主人公に初めて同情する。

(ゲーム中は腹黒いいぞもっとやれなんて思ってごめんなさい!)

 反省すると同時にイリーナは別の言い訳を考えなければならなかった。

「とても、高価なものだと思いますので、私にはもったいないです」

 王子相手にこんな言い訳をしても無駄だとわかっている。けれど追い詰められたイリーナには他の言い訳が浮かばなかった。

「驚いたな。今日の君はまるで別人のようだね」

 謙虚だと言いたいのだろう。この先の運命を知って傲慢でいられるほどイリーナの神経は太くない。

「遠慮する必要はないよ。むしろもっと高価な品を贈らせて欲しいくらいかな」

 いらない。そんなものは欲しくないとイリーナは狼狽える。

(どうしよう……)

 俯くイリーナの視界にアレンの靴の爪先が映る。

「え?」

 顔を上げるとアレンの手がイリーナの髪を掬い、手際よく髪飾りを差す場面だった。

「アレン様!?」

「これは君のものだよ」

「でも私!」

「思った通り、君に良く似合っているよ。俺と会う時にはぜひそれをつけてほしいな」

「え……」

 なんて無情な宣告だろう。それはつまり、また顔を合わせるということだ。アレンは満足そうに笑っているけれど、異論は受け付けないという圧を感じる。

(私たちが普通の婚約者同士だったら幸せな光景だったのに)

 あるいは何も知らないままでいられたら。けれどイリーナは未来の悪役令嬢で、アレンは主人公を愛するヒーローだ。
 その時イリーナは気づいてしまった。

(この人はどう足掻いても私に悪役令嬢をやらせるつもりなんだ!)

 運命から逃げることは許さない。この髪飾りをつけて舞台に立てと言われているのだ。

(そうはさせるものですか! 私は絶対悪役令嬢にはならない。貴方の思い通りになんてならない。残念だったわね!)

 その結果、イリーナは立派な引きこもりになった。