「ひっ!」

「身体はもういいの?」

 怯える素振りは体調が悪そうに見えたのだろう。何も知らないアレンは純粋にイリーナの身を案じている。
 からからに乾いた喉からなんとか声を搾り出した。

「は、い……」

「本当に? 寝ていなくて平気?」

 せっかくこう言ってくれているのだから是非そうさせてもらおう。イリーナは頷き、素早く部屋へ戻ろうとした。

「待って!」

 見逃してくれるのではなかったのか。静止の声に足が止まる。

「帰る前に会えて良かった。これを」

 差し出されたのはあの髪飾りだ。つぶれてしまったせいか箱は消え、もはや手渡しとなっている。

「受け取れません」

「どうして?」

「それは……」

(受け取ってしまったら悪役令嬢になることを認めたみたいじゃない!)

 これは悪役令嬢イリーナの証。受け取れば悪役令嬢であることを認めたも同然だ。大切にすればするほど、悪役令嬢への道を進んでいるようなもの。たとえゲームのイリーナが大切にしていたとしても自分はつけたいとは思えない。

「私には受け取る資格がありません」

「君は俺の婚約者なのに?」

 不思議な感覚だった。

(貴方がそれを、私に言うんですね)

 ――私はアレン様は婚約者です!
 ――アレン様は私の婚約者です!

 ゲームの中でイリーナは何度その言葉を口にしただろう。その度にアレンはまだ候補と言ってイリーナを窘めていた。

「まだ候補です」

(ここはしっかり意思表示しておかないと。私は貴方の婚約者になるつもりはありませんってね)

 否定されるとは思わなかったのか、アレンは驚いているようだった。けれど次の瞬間には何事もなかったように笑みを浮かべた。