「じゃあ学園に通わなければ!」

 バートリス家は歴史ある魔法使いの名家だ。バートリス家の人間は例外なく魔法学園に通うことが決まっている。伝統に厳しい父親が娘の我儘に掛け合うはずがない。

「主人公と関わりさえしなければ……主人公が性格の悪い転生者だったらどうするの! 何もしていなくたって悪役に仕立て上げられるんだから!」

 向こうは幸せのためにイリーナの破滅を望んでいるはずだ。

「せめて入学時期をずらして……ってファルマンが許すはずないでしょうが!」

 ゲーム開始時のファルマンは自分を楽しませるため新入生に手心を加えている。もちろん入学するためには一定の魔力量が必要になるが、あとは校長の采配次第。自らの選んだ愛し子と、それを取り巻く環境にと集められたのが攻略対象たちとイリーナだ。とりわけイリーナはファルマンの選定した登場人物の中で悪役令嬢という重要な役割を担っている。それはイリーナの主張で覆るものではなく、おそらく予定通り十七歳の年に入学させられるだろう。

「いっそ家を出てみる?」

 前世の知識と魔法があれば一人で生きていくことは可能だと思う。しかし世間が狭いことは今日、嫌というほど学んだ。どこかへ行けたとしても、そこに関係者がいない保証はない。
 考えれば考えるほど絶望だ。考えすぎたせいで頭は熱く、外の空気が恋しくなったイリーナはこっそりと部屋を抜け出ことにした。

(パーティーはもう終わったよね?)

 あとは遠方からイリーナを祝うために駆けつけてくれた親戚たちと両親による大人の時間だ。
 イリーナは人目を忍んで庭園へと足を運ぶ。今日のために手入れされた花を見ずに一日を終えるのは惜しかった。
 先ほどまでアレンといた場所ではあるが、記憶を取り戻す前はアレンのことばかり考えて花など目に入らなかった。記憶を取り戻してからは恐怖で花の存在など忘れていたのだ。

「綺麗!」

 陰りゆく光が照らす花は赤く染まり、見たこともない美しさだ。ヘンリーとジークが心を込めて手入れしてくれた庭は悲嘆に暮れるイリーナの傷を癒してくれた。
 けれど外へ出たのは間違いだったと思い知る。

「イリーナ?」

 もう一度、いるはずのないあの人に名前を呼ばれた。一瞬にして背筋が凍り、錆びついた首で振り返るとやはりそこにはアレンが立っている。