(昨日は最終的にアレン様が私を回収してくれたけど、おかげで今日は朝からもっと噂になってるし!)

 アレンと一緒にいることはイリーナにとって当たり前だが、場所が問題だ。アレンが頻繁に侯爵邸を訪れていることは知られていても、これまではオニキスを訪ねてのことだと思われていた。それが女性と寄り添う姿を見せつけられてはこれまでアレンに想いを寄せていた者たちは大混乱である。みな婚約者問題が気になって仕方がないのだ。
 侯爵令嬢相手では勝ち目がないと諦める者、諦めるのはまだ早いとイリーナに探りを入れようとする者も多いから大変だ。責任をもってアレンになんとかしてほしい。

(逃げるが勝ちよ!)

 人目を避けるように外に出て校舎裏を目指すイリーナの手には持ち手のついたかごがある。昨日は食堂でアレンと昼休みを過ごしたが、今日は最初から逃亡するつもりで手作り弁当を用意していた。 ――イリーナ、気をつけて。その先、イリーナを探しているよ。

「ありがとう」

 立ち止まって追っ手をやり過ごしたイリーナは、耳に届いた精霊の声にお礼を言う。
 彼らの声は愛し子であるイリーナにしか聞こえない。人間たちに姿を見られることもなく、案内役として彼ら以上に頼もしい存在はないだろう。

 ――イリーナ、こっち。落ち着ける場所、こっちだよ。

 ――でもあの子がいる。イリーナに意地悪した人間、一人。

 精霊たちが意地悪をしたと警戒する相手に思い当たるのは一人だけだ。彼らには大丈夫と答え先へ進む。
 校舎裏は木に囲まれているが、一角にはベンチが置かれていて、見慣れた後ろ姿が目に入る。背後から近付くイリーナがわざと足音を立てると、それに気付いたベージュの髪が大袈裟に揺れた。

「イリーナ!?」

 驚きに顔を染めたライラは思わず立ち上がる。

「お邪魔します」

「なっ、こんなところで何してるのよ!?」

 こんなところと指摘されるだけあって周囲に他の生徒はいない。一つきりのベンチは少し寂しいが、落ち着いて食事ができる場所に行きたいと願うイリーナを導いたのは精霊たちだ。