昼休みを告げる鐘の音が広い学園の敷地に響く。それと同時に慌ただしい足音が各所で動き出していた。

「いた!?」

「だめ、こっちにはいない」

「まだ昼休みが始まって一分も経っていないのに、イリーナ様ったらどこへ行ってしまったのかしら」

 編入後、登校二日目。一番後ろの席に座っていたイリーナは、鐘が鳴り終わるより早く教室を飛び出したおかげで追跡を免れていた。

(あ、危なかった……)

 イリーナは階段の陰に身を潜め、自分を捜す声に耳を傾け様子を窺う。こうなることを予測して授業が終わるなり教室を飛び出したのだ。今も教室ではイリーナを捜す声が絶えないだろう。

 幼い頃から引きこもっていた侯爵令嬢が外に出た。異例の編入が認められる優秀さは既に学園中に広まっているが、イリーナが注目されているのはそれだけではない。「教室にも食堂にもいなかったわ」

「昨日はアレン様に独占されてしまったから、今日こそはお話したかったのに!」

「ええ。主にアレン様とのことをお伺いしないと!」

 ぎらぎらと目を光らせる彼女たちを見ながらイリーナは思う。

(絶対に逃げ切ってやりますけど!?)

 イリーナは切実に願っていた。昼休みは人気のない静かな場所で過ごしたいと。
 さすがに途中何人かとすれ違い、一緒に昼休みを過ごさないかと誘われることもあったが、照れながら先約があると伝えれば勝手にアレンとの約束だと誤解してくれるので助かった。このあたりは幼女化時代に培った演技力によるものだ。

(昨日は登校からアレン様が一緒だったせいでアレン様との仲を質問攻め。昼休みもずっと傍にいるし、食堂だと落ち着いてご飯も食べられないんだから!)

 ただでさえ侯爵令嬢であるイリーナと仲良くなりたい人は多い。登校初日からたくさんの人に声をかけられ喉が枯れそうだ。久しぶりの社交に疲弊する。