「じゃあ、私、ちょっとお化粧直しに……」

「あ、はい。」

客入りは、8割程度だった。
意外と人気がないんだと、ちょっとびっくりした。
僕は、一人で座席に腰掛け、ぼんやりとしていた。



「……え?」



小さな声に、僕はなぜだか反応してしまい、顔を上げた。
その声は、少し離れた通路にいた女性から発せられたものだった。
オレンジ色のダッフルコートに、ジーンズ…
肩にかかる程度の髪は、やや茶色く染められていて…
その女性は、どこか驚いたような顔で僕をみつめていて…



「えっ!?」



急にひらめいた。
その人が誰なのか…



「もしかして…翔子?」

「潤…やっぱり、潤だったんだ。」

翔子の顔が途端に綻び、僕も同じように微笑んでいた。
翔子が僕の近くにやって来た。
なんだか気恥ずかしくて、まともに翔子の顔が見られない。



「久しぶりだね。」

僕はまるで独り言のように、そう言った。



「そうだね。もう…十年以上経ったのかな。
でも、すぐにわかったよ。」

「……僕も。」

それは、嘘だ。
すぐにはわからなかった。
翔子は、以前に比べ、女性らしく綺麗になってたから。



「でも、本当にびっくりした。
まさか、こんな所で会うなんて。」

「……昔、この映画、一緒に見に行ったよな。」

「えっ!?」

「あれ?違った?」

「そうじゃないよ。
記憶力の悪い潤が、良くそんなこと、覚えてたなってびっくりしただけ。」

「え?僕、そんなに記憶力悪かったっけ?」

翔子は、頷きながら笑った。