ずるいんだ、月島さんは。

「で、ここの訳をこう、で、」
「わ。出来た。相変わらずすごいね、海鋒くん。とっても分かりやすい」
「っそ……うか……?」
「うん。字もね、きれいだな、っていつも思ってるよ」
「いや、普通だろ。褒めすぎ。何も出ねぇぞ」
「えぇ~出ないの? 残念。またあのキャラメルもらえるかと思ったのになぁ」
「キャラメル目当てかよ」
「ウソ。本心だよ」

 ただ【知っている】だけの一方的な立場だった時には、彼女がこんな風に冗談を言ったり悪戯に笑ったりするだなんて、俺は知りもしなかった。魅入られてしまうその瞳をキラキラさせて「すごいね」と手放しに褒められて、「きみがいないとダメだよ、私」なんて、勘違いしない方がオカシイ言葉を囁かれて、これで惚れない男がどこにいるというのだろうか。惚れてまうやろと心の中でセルフつっこみをしたときにはもう既に惚れてた。
 美人で、性格も良くて、だけどちゃんと苦手なこともあって、そりゃあ、あの教師でさえ脅えていると噂の学校一の問題児、樋爪将冴も過保護にならざるを得ないよなぁと思い至り、そして、はたと気付く。

「あ……てか、さ、月島さん」
「うん?」
「樋爪、遅くね?」

 勉強会を始めて三十分くらいしたら月島さんの隣に座って、勉強してる間中ずっと、前科は数え切れないくらいありますみたいな凶悪な顔で俺を睨み続けている樋爪が、今日はまだ現れていない。