「今日は古典だよな。コミュ英はどうする?」
「どっちも明日あるから、お願いしてもいいかな?」
「おー任せろ。文系は得意だから。明日の放課後はいつも通り物理頼むな。マジでちんぷんかんぷん」
「ふふ。任せて。理系は得意だから」
「いやマジ、本当助かる」

 俺は理系がとことん苦手だ。その中でも物理は最たるもので、彼女との初めての遭逢(そうほう)も教科書と参考書に挟まれて、この図書館でうんうん唸っていた時だった。
 点数が取れないのはもう仕方ない。人には得意不得意があって当たり前だし、赤点さえとらなかったらいいか、くらいの意識ではいたけれど、物理に関してだけは二十四時間勉強し続けたとしても赤点を取る自信しかなかった。そんな俺に救いの手を差しのべてくれたのが、女神さま改め、文系が苦手な月島さんだった。

「んじゃ、範囲の最初からいくか」

 それは本当に偶然だったんだと思う。彼女はただ、俺が勉強していたところの前を通りかかっただけで、俺を知っていたわけじゃない。通りかかったそこで同じ学校の制服を着た男が「やべぇ、赤点だやべぇ、マジやべぇ、あー吐きそう」と唸っていたから憐れに思ってくれたのだろう。「ここはね、」と教科書を指した指の美しさに一瞬ぽかんとしてしまったけれど、物理の教師よりも分かりやすく丁寧に教えてくれたおかげで、試験ではいつもより手応えがあった。そのお礼を告げるために同じ場所で彼女を待っていたら、今度は彼女が苦手な教科で頭を悩ませていたから俺が教えて、翌日の試験で彼女もまた手応えを感じてくれたらしい。
 お互いにまた同じ場所で相手を待って、お互いにお礼を言いあったのも偶然の産物だ。けれど、これからも試験期間だけでいいので教えてもらいたいと彼女に願い出たのは必然だった。彼女に彼氏がいるのは知っていたけれど、赤点回避が最優先。そうしないと、部活に出られなくなるから。そうやって、気付けばこの勉強会も何だかんだでもう一年以上続いてる。

「いつもありがとう、海鋒くん」

 だから彼女に恋をしてしまったのも、必然だったと俺は思ってる。