頑張れよ。
そう吐き捨てて、樋爪は立ち上がる。と同時に、応接間の扉が開いて、ティーポットを持った月島さんが部屋へと足を踏み入れた。
「帰る。じゃあな、清花」
「え、お、お茶は?」
「いらね」
「ええ……何よそれ」
ぽすり、月島さんの頭に手を置いて、ふっと小さく笑った樋爪がお兄ちゃんの顔に見えたのは、彼らの家庭の事情とやらを聞いたからからだろうか。
ぱたり、扉は閉じられ、樋爪が退室したこの空間には俺と月島さんのふたりだけ。漢を魅せろと簡単に言ってくれたけれど、バクバクと今にも破裂しそうなこの心臓を抱えたままではどうにも魅せれそうな気がしない。
ああどうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
ぐるぐると頭を唸らせていたせいか、自然と落ちていく視線。月島さんがいれてくれたお茶を結構飲んだはずなのに、カラカラに乾いた喉。とてもじゃないが、そんな喉から漢を魅せれるような言葉なんて出せやしないだろう。
そうだ、またの機会にしよう。だって今日は何もかもがいきなり過ぎて心の準備もそうだし、言葉の準備だって出来ていない。そうだよ、それがいい。
そんな風に、名案だとばかりに言い訳を並べ立てていたら、頭上から水面を撫でたような透き通った声が俺を呼んだ。
「ねぇ、大丈夫?」
うん大丈夫と顔をあげれば、視界を占める月島さんの美しいお顔。下げられた眉尻、若干のうるうる上目遣い。さっきまで「どうしよう」一色だった脳内は、秒で「あ、好きだ」に塗り替えられる。
「っ月島さん、俺──」
ー終ー



