ようやく事を理解したアリギュラは、ぽんっと顔を沸騰させた。

「な、ななななな、なっ!?」

 唇を震わせて後ずさるアリギュラを、相変わらずメリフェトスは、憎らしくなるほど美しい顔でじっと見つめている。

 なんで、そんなに普通なんだとか。どうしてお前は慌てないんだとか。矢継ぎ早に文句が頭の中を飛び交う。だが、どれひとつとしてまともに口に出来ないまま、ようやくアリギュラはこれだけを抗議した。

「な、なんで。なんでいま、口付けをした!?」

 メリフェトスがアリギュラの唇を奪うのは、聖女の力が必要なとき。聖剣の預かり手として、必要に迫られた時だけだ。

 しかし今は、その時ではない。癒さなければならない民もいなければ、聖剣で追い返さなくてはならない魔獣もいない。

 口付けをする理由など、ひとつもなかったはずなのに。

 真っ赤になって、抗議の目を向けるアリギュラ。そんな主人に、メリフェトスはぽつりと、しかしながら確かに聞こえる声で答えた。

「そうしたいと思ったから」

「っ!?」

 ただでさえ忙しなく胸を打つ鼓動が、いっそう強く跳ねる。ぎゅっと手で胸を押さえるアリギュラに、メリフェトスはなぜか、ほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。