「なら俺もっ!」

 「兄ちゃんは安全なところにいて。わたしたちも、兄ちゃんが見えるところにいるのに楽しく話すことができないなんて……いやだよ」


 それだけ残して、ひまりは部屋を去っていった。

 部屋に沈黙が訪れる。


 「お前たちをこんな環境に置かざるを得なくなってしまったのは、本当に後悔しかない。ただ、俺ではあの人を説得することはできないんだ。本当にすまない。よく考えてくれないか。また日を改めてどうするか訊くことにする」


 今日はもう疲れただろうから、夕飯まで休みなさい、と父さんも引き上げていった。

 残された母さんと目が合う。その目はうつろで、俺のことなんて映していなかった。


 「母さん、ごめんなさい」


 俺の声は届いたのだろうか。

 反応がなくて、もう一度だけ声をかけると母の体が跳ね上がった。


 「あっ、ごめんね葵。ちょっと母さん疲れちゃった。葵の方がしんどい思いしてるのに、ごめんね、情けない母さんで」


 これも、全部祖母に責められ続けた結果なのだろうか。

 母のことを情けないなんて思ったことは一度もない。産んで育ててくれたことに対して感謝しかしていないのに。

 せわしなく泳ぐ視線に、母が限界に近いことを悟ってしまう。


 「母さん、今日はもう休んで。ごめんね、こんなことになっちゃって」


 たぶん、母は俺に謝られることなんて望んでいないだろう。


 それでも、一度でいいから伝えておきたかった。


 「部屋に戻って、少しゆっくりしてくる。色々なことが急に起こってびっくりしちゃった」


 つとめて、明るく。


 母さんはぎこちない笑顔を浮かべて「そうね、そうしましょう」と言った。


 散り散りになった家族。あっけないくらい、一瞬の出来事だった。