「葵くん」


 昼休み、昼食を食べ終えて栗ちゃんと話していると、また背後から名前を呼ばれた。

 その声の中に、いつもみたいな俺をからかう色は含まれていない。


 「どうしたの」


 何かを察したのか、栗ちゃんが「ちょっと便所行ってくるわ」といって席を離れた。

 くそ、さりげない気遣いが様になるな、あいつ。


 「あー、なんかごめんね。栗原くんにあとでお礼言わないと」

 「俺から言っておく。で、何の用事?」

 「んーとねぇ、まぁ特に用事はないんだ」


 いたずらが成功した子どものように、無邪気に笑う西さん。教室に来るようになって2週間ほど。最初は西さんの美貌に惹かれていたクラスの人たちも、今は西さんを囲むことなく各々の時間を過ごしている。

 美人は3日で飽きるってか。俺は飽きてないけど。


 「しいて言うなら、今日の放課後も保健室で待ってるよってことくらい」

 「あぁ、うん。もちろん行くけど……」

 「ん。ありがとね。じゃあ私はこれで」


 あまり大げさに体を動かすことなく身を翻す。花を隠している髪が乱れることは一切なく、彼女が普段から全く気を抜いていないことが伺える。

 最近、西さんは前の席の畔塚(あぜつか)さんと仲良くしているみたいだ。あかるい性格のふたりが談笑していると、そこだけ空気が入れ替わったように華やかになる。


 「…………」

 「あ、ごめんな、栗ちゃん。ありがと」