いつもよりペースを上げて坂を上ったら、制服がぐっしょり濡れるくらい汗をかいた。まだ5月だっていうのに、なんだこの暑さは。


 「おはー……」

 「おう、はよー葵。って、シャワー浴びてきたんかよ」

 「めっちゃ熱湯だったわ……いいよな、栗ちゃんはチャリ組で」

 「バッカ、チャリも結構きちーんだよ」


 そういいながら汗拭きシートを分けてくれるあたり、栗ちゃんはいい男だ。廊下側の一番端。名簿で前後になった俺たちは、きっと今日も仲良く馬鹿話をするだろう。


 「なぁ、栗ちゃん、ちょっといい加減無視できなくなってきたんだけどさ、」

 「やっとかよ」


 教室の真ん中一番後ろ。不自然なくらい人だかりができている。クラスの女子、それからパリピ系の男子が大きな塊を作っている。


 「あれは……お前が来る30分まえくらいのことだった」


 栗ちゃんが遠い目をして語り始める。事が始まっていたのが思ったよりはやくて驚いた。


 「オレはスマホと真剣に向き合ってな、昨日配信されたイベントを全力で走ってたんだよ。今日が最終日だ。ちなみにどれだけガチャを引いてもお目当ての推しは来てくれなかった」

 「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

 「まぁそうカリカリすんなって葵。んでな、オレが喉から手が出るほどチョーーーーー欲しかった可愛い推しの画像を眺めていたときだ、後ろから肩を叩かれたんだよ」