「ごめんね、笑っちゃって。まぁでも、私、礼儀正しいひとすごく好きだよ」

 「じゃあ笑うなよっ」

 「ごめんて。あまりにもギャップがすごいから」


 最近ギャップ萌えが流行ってるから、葵くんは最先端を走ってるね、と言いながら西さんはカバンから何かを取り出した。


 「これ、私の大好きな恋愛小説。貸してあげるから読んでみてよ。キュンキュンのオンパレードだよ。最後は感動して大泣きしちゃったし。まだいつかはわからないけど、映画化もされるらしいよ」


 差し出された、ピンクの淡い装丁の文庫本。中をぺらりと捲ってみると、会話文がベースとなってストーリーが展開されていた。リズミカルで威圧感を与えない文章は、ひとめみて中高生に人気が出そうだと思えた。帯には『感動のラストに、涙がとまらない──』とある。

 文庫本なら小さいし、持っていてもバレないだろう。


 「俺、こう見えて結構いろいろなお話を読んできて、好みがはっきりしてるんだけど……それでもいいの?」

 「もちろん、きっと満足してもらえると思う」


 自信満々にそう言う彼女は、いつもより子どもっぽかった。俺は手に持った本をカバンの一番底に入れて、席を立つ。


 「ありがとう。明後日くらいには返せると思うから、また持ってくるね!」

 「いつでもいいよ。他にも読んでもらいたいものいっぱいあるから、また今度、好みのお話がどんなのか教えてよ」

 「わかった! じゃあまた明日!!」

 「またね」


 ベッドの上で控えめな笑顔を浮かべながら手を振る彼女に、ハイタッチを求める。


 「そんな寂しそうな顔すんなって! 明日も来るから!」


 パチン、とふたつのてのひらが弾けた音を立てる。ぴったりと合わさって鳴った手が少しひりひり痛んだ。


 「力つよ……葵くんの馬鹿力」

 「そうやって笑ってる方がいいぜ!! じゃあな!」


 今度こそ扉を開けて部屋を出る。今彼女はどんな顔をしているだろうか。呆れた顔? てのひらが痛いって怒ってるかな。


 笑ってくれてると、いいんだけど。