「葵、お前って前の学校に彼女とかいたん?」

 「んでいきなりそんな話になるんだよ」


 全ての授業が終わった放課後、春樹がそう尋ねてきた。高3になってとうの昔に部活を引退した春樹は、毎日飽きもせず俺と一緒に下校をしてくれる。優しい。

 学校への道、見渡す限り田んぼ。電車は1時間に1本くらいしかなくて、住民の主な交通手段は車か自転車かバス。もちろん、自分の脚が一番便利なんだけれども。

 遊びにうつつを抜かすような場所もないから、この土地の子どもは捻くれることなく割とまっすぐに育つらしい。理想の田舎ランキングに入ったこともあるんだと。


 「いやぁ、お前とかれこれ1年くらい一緒にいるけどさ、そういう話とかしたことなかったなって」

 「春樹が毎日田んぼで泥んこ遊びしてるからだろ。何歳児だよ」

 「楽しいじゃんか!」

 「楽しいけどさ……」


 これ、嘘じゃない本当の話。高3になると受験へのストレスとかプレッシャーとかで多少なりと頭がおかしくなるものだけど、春樹が泥にまみれて遊んでくれるおかげで俺は今のところなんとか正気を保っていられている。

 彼が制服のスラックスを折らずに田んぼにいたエビを捕まえようとしたときはさすがに止めたけれど。


 「で、どうなんだよ!」


 頭半分くらい高い位置にある目が俺を見つめる。その圧に耐えきれなくなって、口を開いてしまった。