「それ、私が花瓶だった証明として持っててよ」


 俺たちはいつだって不安なんだ。「恋人になる」っていう選択肢をはやくに選んだのも、この笑顔に明日が来るかが不安だったから。

 証明、約束、繋がり。俺たちは明日をどうにかして手繰り寄せないと、止まることのない世界に置いていかれてしまう。


 「手術はいつごろになるの」

 「わかんない。明日かもしれないし、明後日かもしれないし、1年後かもしれない」

 「なにそれ」

 「だから、葵くんだけは、私のこと忘れないでね」


 肯定の返事をしようとしたときだった。

 学校中に鳴り響く独特のチャイム。急かしてくるような早いリズムに圧倒されて、出かけた言葉は引っ込んでしまう。しばらくするとその音は溶けてなくなった。


 「授業終わっちゃったね」


 帰ろうか、と俺の隣を彼女が通り過ぎる。


 「俺!!」


 お腹に力を入れて声を絞り出したら、自分でも驚くくらい大きな声が出た。


 「これまでの人生で授業サボったのとか初めてなんだ!!!」


 息継ぎをして次の言葉を懸命に探す。いや、探さなくてもいいや。


 「だから、俺は絶対今日のこと忘れない。忘れたくても忘れられないと思う」


 これまで皆勤賞だったのに。

 最後の最後でその名誉を捨ててしまうくらいに、俺は西さんのことが好きなんだよ。

 そこまで言い終えると、彼女は笑ってこう言った。


 「ほんと、葵くんってすごいねぇ」


 彼女の足元に、小さな黒いシミが2つできていた。


 手に握った花が揺れて。

 瞬きのあと目を開けると、そこに彼女はいなかった。