「初めて葵くんと出会った時も、葵くん泣いてたよね」

 「うるさいなぁ……」

 「懐かしいなと思ってさ」


 彼女が靴も履いていない、柔らかくて無防備な足をぶらぶらと揺らす。

 メトロノームのような心地よさに、さっきまでの不安が少しだけ軽くなった。


 「あのときは、まさかこんな風に葵くんと付き合うことになるなんて思ってなかったし、私の制服がこんな風にびしゃびしゃに濡らされるなんて思ってもなかったなぁ」


 あはは、と笑う。彼女のシャツの襟は俺の涙で透明になっている。


 「その……ほんとごめん」

 「いいんだよ。泣きたいときは泣けば。私言ったでしょ?」

 「……うん」

 「言葉にできる気持ちばっかりじゃないから。たまにはいいんじゃない?」


 こてんと俺の肩に彼女の頭が預けられた。

 開けた窓から吹き込んできた熱風が、俺たちの頬を撫でる。外を眺めていると、カラスが青い空を背負ってかぁと鳴いた。


 「バッドエンドじゃないよ。離れたって、今はこれがあるんだし」


 悪戯に笑って、彼女はカバンからピンク色の薄い板を取り出した。


 「まだ連絡先もらってなかったね。これがなくても、なんでか知らないけど繋がっていられる気がしたから」

 「なにそれ」


 彼女に倣って、長らくカバンの肥やしにしかなっていなかったスマホを取り出す。

 差し出されたコードを読み込むと、丸く切り取られた綺麗な花の写真と『はなか』という名前が表示される。


 「現代に生まれてよかったね」


 まぁ、もしこれのない時代に生まれてたら意地でも文通してたけど、と。