その日の夜、夢を見た。

就職したてで、まだ希望に満ち溢れていた頃の夢を。

「あっ」

会社から出てきたひとりのカーキ色のスーツの男性とすれ違った時、その人が少しくたびれたハンカチを落としてしまった。

「あ、あのっ! ハンカチ落とされましたよ!」

拾って、思わずその人の裾を掴んで引き留める。

「……あ、ああ。ありがとう」

「す、すみません……! 不躾な真似を……」

その人のお顔はとても整っていて、世間一般で言うイケメンに属する人だった。

「すまない。少し、驚いてしまっただけだよ。こちらこそ気分を悪くさせてしまったら、申し訳ない」

申し訳なさそうに微笑むその表情が、今でも忘れられない。

「でも、本当にありがとう。このハンカチには、大切な人との思い出が詰まっていたんだ」

「……! それなら、声掛けて良かったです! 思い出、大切にしなきゃですもんね!」

よかったー、と思わず笑顔になる。

「…………」

男性はぽかん、として私を見つめていた。

「あ、あの……? どうかされましたか?」

「いや……。なんでもないよ。でも、本当にありがとう」

少し戸惑ったように笑う男性は「またどこかで会えるといいね」と、言って去って行った。

その後、あの男性はうちの会社の大口の取引先の社長さんである二階堂 大我さんだったことを知った私は、心臓が口からとび出そうになるほどにびっくり仰天したのは言うまでもない。