窓を開けて、息を吸う。いつもは痛く感じるのに、今朝は何ともなかった。

小さな小屋の窓からにゅっと手が出てくるのを偶然見てしまった人がいれば、気を失うかもしれない。
小屋から顔をのぞかせた少女は、柔らかそうな桃色の唇をふわりと笑みの形にした。

「今日は私、外に出られるかしら」

小さく呟いて、彼女は部屋を見渡す。殺風景な6畳の和室に、花瓶に生けられた花。

彼女の部屋を彩るのは、この花といつの間にやら用意されていた振袖。

ため息が出そうになるのを、少女はぐっとこらえた。

 屋敷の奥で大切に大切に育てられた、お嬢様。
この少女の学校での評判は、これだ。

真っ白な肌で、人前にあまり出ない、私服は着物で、近所で有名な大きな日本家屋が帰る場所、という情報があれば、そういう噂が立つのは当たり前だろう。

それは他の人から見ればそうかもしれない、と彼女も思う。

彼女の名前はユキ。この街では名高い資産家の娘だ。
でも、「大切に」育てられたのか、と言われるとか彼女の頭に疑問符が飛び交ってしまうのは許されるだろうか。

例えば、「当主の愛人の娘」だとか、「住んでいるのは庭の隅にある物置を改築した、空調のない建物」であるとか、「身の回りのことは、食材と衣服以外すべて自分で世話をしている」とか、そういった情報があれば変わってくるのではないだろうか。

確かに、お金の心配をしなくてもいいのは大きい。食材や調味料ががドアの前に置いてあって、それを料理するのだから、ユキからは一銭もお金を出していない。

それどころか、学校以外での外出は許されないのだから、出費など他にはない。

しかし、ユキ自身もこの環境が他の人と違うということは分かっていた。

彼女には友達が一人しかいなかったが、それを除いても自分がどこか違うということをユキは自覚していた。

ところで、と彼女は振袖を自分で着ながら、もう一度窓の外を見た。

「なんだか今日はお腹が空かないわ」

健康第一の彼女にとって、食事は最も大切なものの一つだ。朝にはたいていお腹が鳴るのだが、今日はまったくの満腹であった。

「久しぶりの風邪かしら」

この空調のない部屋で風邪をひいていたのは小さいころだけで、今は慣れたものだ。いそいそと支度をして、戸口へ向かう。

手早く服を着て、扉の前に置かれるはずの食材を見にきたユキは目を丸くした。

「それなら、体を動かさなきゃいけないのだけど…あら、珍しいこと」

何もなかった。
時間に遅れたことなど一度もない食材の山が、今日は無い。

おかしいな、と思うものの諦めるしかない。

どうせ自分の立場が悪くなりでもしたのだろう、と考えても仕方のない問題は棚に上げておく。

ユキは、少し考えてから、あたりを見まわした。

周りには、誰もいない。

これも珍しいな、と思いながらユキはしっかりと決心を固めた。

「今日は安達君のところに行きましょう!」