片方は重篤、もう一人は浅かったと報道された。

あの後俺たちは会うことは無かった。
瑠奈が引っ越してしまったからだ。瑠奈の両親はメディアから逃げるように消えて行った。親戚も誰も、俺以外は居場所は分からない。
と言うのも、俺と瑠奈はメールで繋がっていたんだ。
「俺のせいで引っ越しまでさせてごめん」と送ると「前から考えてたことだから。気にしないで」と返信が来た。
気を使わせて申し訳ないよ。ほんと。
その後ちゃんと家庭裁判所とかよく分からんけど行って色々したんだけど、結果は一時保護になった。それと、俺がメディアを大きく騒がせたため、保護観察処分も課せられた。
あの校長や教師は謝罪会見を開いていた。
保護観察処分だったから詳しいことは調べられなかったけど、世間からは大ブーイング。ありゃあ多分首ちょんぱだな。うん。
とにかく、おかげでいじめも虐待もなくなった。
あの事件を起こしたおかげで自分の中で何かがスッキリした。今まで溜まっていたどす黒い何かが、すとんと取れた気がしたんだ。
まあ、家出で終わっちゃったし、何も出来なかったんだけど。
それでも世界は少し変わった気がした。
俺の母校の全貌が明らかになったからだ。
いじめを学校全体で揉み消していたこと。
教師が児童に対して暴言を吐いたり暴力を振るっていたこと。
教師は児童の好き嫌いや障がいによって俺ら以外にも差別をして不平な言動を繰り返していたこと。
虐待に気付きながら見て見ぬふりをしていたこと。
最後までしらばっくれたこと。
殆どが児童からの証言だったらしい。
その後も散々暴言吐かれて罵られたけど、どうでも良かった。
俺は中学生になった。
みんなは俺を冷めた目で見ていた。
瑠奈と第二中学校に行くと約束していたけど、結局一緒には来れなかった。
俺は毎日一人で教室の隅っこで寝ていた。朝夜逆転していたんだ。夜は瑠奈と電話で喋っていたから。瑠奈も眠くて大変だっただろう。
それからスカートが絶対的に嫌でいつもジャージ。
儀式は制服着ろと言われても俺は拒否。多分、先生たちからも嫌われていただろう。
学校は猿で溢れ返っていた。それぞれの教室は動物園だ。もう、こいつらは脳みそがないんじゃないのかと思った。
きっとみんなは俺のことをそう思ってたんだろうなと今更気づいた。
その動物園の中で偶然、俺は俺と同じ境遇の人間を見つけた。
林田凛斗《はやしだりんと》というやつだ。
そいつは小学生の頃からみんなに自分のことを「凛」と呼ばせていた。
退屈な毎日をぼーっと過ごす俺は完全に忘れ切っていた、凛の存在を。
中学に入学してから半年経った頃、俺にも青春というものがやって来た。
何者かに校舎裏へ来るように手紙が届いた。靴箱の中にあった。
今時こんな古いネタ、さすがにウケないぞと思いつつ、行くとそこに居たのは。
髪が肩まである童顔の男だった。コンクリートの上に体育座りをしていた。
「久しぶり。覚えてる?凛だよ」
そいつは前髪と後ろ髪が一体化した髪を耳にかせて言った。
俺は忘れていた。
凛って誰だ?と思った。
そして思い出した。
童顔で中学生には見えない、幼女よりの顔。色白な肌。女の子っぽい話し方、仕草。
「林田?」
「そうだよ。今日は伊宮くんに告白しに来た」
あぁ、と思った。
俺はこいつにまで「女」だと思われているんだと。
「わたしね」
凛が言った。
「トランスジェンダーなの」
まさか。
信じられなかった。
でも、不思議と違和感は無かった。
「わたしね、ふとーこーなんだ。お母さんはわたしが前いじめられていたこと知ってるから、否定せず休ませてくれてる」
ふとーこー。不登校。
告白、ってそっちかよ!とちょっと落胆する。知らないやつでも、好きって言ってもらえるのはそれなりに嬉しいから。
「またいじめ?」
「ううん……制服が」
理解した。
「ズボンが嫌で」
大変だろうな、と思った。
俺の場合はスカートが嫌からジャージの短パンを穿けばいい。だけど凛は制服もジャージもズボンだからスカートが穿けない。
「お母さんに言えてないの。わたしがトランスジェンダーで制服がイヤなんだって」
俺は思いついた。
「じゃあさ、俺と凛の制服、交換しねぇ?」
「名案!」
幸いどっちもチビだし、サイズ感バッチリだろ。
早速明日交換することになった。
「凛、お前、学校来いよ」
「うん」
約束した。
瑠奈と同じ高校に一緒に入学すると。
そして凛が再び口を開いた。
「それで……わたし。伊宮くんが、好きで、す」
え?
え、ええ?
結局そっち?!
「ご、ごめん。俺、付き合ってる人いるから」
恋人がいるとカミングアウトしたのはこれが初めてだ。
彼女、と言わなかったのは瑠奈は中性だからだ。反射的にその言葉を避けてしまった。
なんとなく恋人って響きがくすぐったかった。
「知ってる」
そう言って笑った。ちょっと瑠奈に似てると思った。
「でも二人を応援してる。お似合いだもん」
「ごめんな。でもありがとう」
そう言うと凛は笑いながら涙を拭った。
次の次の日。
二人で交換した制服を来て登校。案外バレなかった。
バレたのは弁当の時間のときだった。
先生にそれはなんだと聞かれ、「なんでもない」と答えた。
先生は「お前のニュースで見たが、性別不合なのか?」と聞いて来た。「はい」次の言葉に本当に助けられた。あの先生には感謝してる。
「じゃあ先に俺に相談してくれよ……まぁいい。制服もそれでいいから、何かあったらすぐに言え。いいな?俺以外にお前のことを理解してくれている先生も何人かいる」
この先生は俺のことを認めてくれていたんだ。
「小学生の頃の話と全然違うからさ。お前、今暗いだろ。もっと手の焼けるやつかと思って身構えてたんだけどよ。まあ臆するな、俺の友達にお前と同じやつがいたんだ。安心しろ。お前の味方だからな」
先生はずっと俺を気にかけていてくれたんだ。
どうやらこの学校に俺が入学したときに、先生がトランスジェンダーの友達のことを理解してくれている別の先生に声をかけたらしい。そして俺がそうかもしれないことをそのことに理解があるもう一人の先生にも伝え、俺のことを見守ろう、協力してあげようと決めていたらしい。
俺は小学生と中学生になって初めてその日、涙を流した。