中休み。
体育会系・スポーツ大好きだとは言っても、やる仲間がいないわけで。だからしょうがなく図書室通い。
小五、小六にもなると図書室に行く人は殆どいない。顔ぶれが変わらないということは、よほど読書が好きなやつか、あるいはぼっちが通う場所だ。
自分が言えないけど。
そしてここにいるやつらが本を紹介するときは大体が「自分は本に救われました」とか「図書室だけが自分の居場所でした」とか言うんだろう。
別に本なんて好きじゃないし、俺はそう思わないけど。
背後に気配が。
「伊宮《いみや》くん」
くん呼びしてくるのはこいつしかいない。
「なんだよ」
やっぱり。
振り返ると斉藤がいた。
「何であんなこと」
「あんなことってなんだよ」
「だ、だから。何で先生を」
煽るのか、って聞きたいんだろう。
別に煽りたいわけじゃないんだけど。
「大人への抵抗だよ」
「そんなの無駄だよ」
珍しく斉藤が反論してきた。
真面目な顔をしていた。
なんかイラっとくる。
「知ってるし」
「僕たちは何しても無理だよ。大人は僕たちよりずっとくそやろうだから」
「俺、生まれてこなきゃよかった。そしたらクラスも平和だっただろうに」
「伊宮くんには夢がないの?」
なんだよ急に。
「無い。今更、無理。」
みんなは夢に向かって頑張っていると言うのに。それを俺は妨害している。才能への嫉妬。せめてもの反抗。
夢がないからこそ、俺は生きる意味を見出せずにいる。
「……僕は、男の子になりたいよ」
斉藤はXジェンダーだ。その中でも“無性”に属す。
女でも男でもない、どちらにも属さず囚われない。可愛いものも好きだけれど、服装は男っぽいのがいいとか。
また、レズビアンでもある。それは、女性が女性を好きになることを言う。
斉藤は女じゃないし、レズって言うのも何だけど、そう言うことだ。
俺のとはちょっと違うけど、男を恋愛対象に見れないらしい。
それで男子と仲良くしていると、あいつを好きだとか付き合ってるとか言われるんだとか。
悩んでることは俺と結構似てる。
「僕が男だったら、女の子を好きになってもよかったのに」
この間、斉藤は親にレズビアンだと話した。
「女の子が女の子を好きになるのはおかしいんだって」
小さい頃はトランスジェンダーの人のテレビなどを見て「瑠奈が男の子になりたいと言ってもママは反対しないからね」と言われていたらしい。
なのに、「ママは、僕が嘘をついてるって言うんだ。勘違いだって」言われたんだ。
話が長くなりそうだから『みんなのトイレ』に入る。誰もいない。
「ひどい。僕、ほんとに悩んでるのに」
斉藤の気持ちは痛いほどわかる。
「女の子を好きになるって、そんなにいけないこと?」
「いけなくないよ」
初恋が女の子だったから。
「……気持ち悪い」
急に立ち上がって、鍵も閉めずに個室へ駆け込んだ。
「大丈夫?」
「おえっ……うえっ……」
便器に吐いていた。
背中をさする。
「おい、大丈夫か」
大丈夫なわけないだろ。
ばかか俺は。
なんとなく、斉藤のそれは安易なことではない気がした。
「う……」
斉藤はぐらりと揺れたかと思ったら、便器に顔を突っ込みそうになった。
慌てて肩を支える。
「斉藤……!」
気を失っている。
やばい。
確か嘔吐してるときに意識を失って、横にしてしまうと、吐瀉物が喉に詰まるとか書いてあったな。姉ちゃんの保健の教科書に。
お姫様抱っこをして、図書室のおばちゃんに助けを求めた。
これ以外方法が思いつかなかったんだ。
図書室にいた児童達から悲鳴が上がる。
ピクッと震えたかと思ったらまた吐いた。
食べていないのか、ほぼ胃液しか出てこない。
吐瀉物が俺の腕に垂れる。
息が荒い。顔が真っ青だ。
おばちゃんは保健室の先生を電話で呼んでいる。
いやまず救急車呼べよ。
俺はたまらず斉藤を壁に寄りかからせてポケットからスマホを取り出した。
間違えて110と押すが、慌てて取り消し119を表示する。
電話し終わったおばちゃんが俺を見て驚いている。
校則違反なんて今は言えないだろが。
事情を説明する。
「冷静になってください。大丈夫です」と何度も言われた。
一週間経ったけどあれから斉藤は学校に来ていない。
幸い、俺んちの近所だったから斉藤の家は前から知っていた。
「斉藤」
「伊宮くん」
ピンポンして出てきたのは斉藤だった。
「見舞いに来た」
「ありがとう」
上がってと言われて上がらせてもらう。
斉藤の部屋は薄いピンク色と白で統一されたシンプルな空間だった。
女の子らしいかと聞かれたら、らしいと答えるだろう。
話を聞いていると、斉藤はここ一ヶ月くらい下痢、めまい、吐き気が続いていたんだとか。食欲もなくて二キロ落ちたらしい。
「検査が終わったら、最近の身体の調子はどうですかって聞かれたから」
そのことを説明した。
すると精神科に連れて行かれた。
「なんか色々質問されて。でも、前スクールカウンセラーに話したときに担任とか親にも筒抜けだったから、信用してなくて。結局最後までだまってた。」
診断結果はうつ病らしい。
どいつもこいつも出鱈目いいやがって。
「ママが心配して学校に行っちゃだめって」
それからずっと話を聞いていて、段々斉藤の親について分かってきた。
「過干渉・過保護なんだな」
斉藤は曖昧な返事をする。
過保護だから過干渉になる、ってところだろう。
「でもね、ママもパパも僕を大事にしてくれてるって、愛してるって分かってるんだ。」
だからママたちは悪くないんだよ、と微笑んだ。
「ただ、それが少し行き過ぎちゃったんだよね」
俺の家庭事情とは全く逆だと思った。でもお互いに辛いんだ。
「愛されたいよ。俺は」
俺は偽物の愛で家族という鎖に繋がれている。
まあ、愛されない原因は俺にあるんだけど。
「愛されるのも辛いよ」
窓の外を真っ直ぐ見て言った。
愛は怖い。愛は間違った方向に働いて、人を傷つけてしまうときもある。
そして俺はふと言った。
「俺、ショウガイだ」
「障がい?」
「“生きる害”と書いて生害」
そうだ。俺は生害。
生きることで周りに害を与えている。
「生涯、障がい抱えた生害者。なんかダジャレみてー」
おかしそうに笑っていうも、斉藤は笑わなかった。
「そういうこと言わないで」
「何で?」
斉藤は黙っていた。
ピロン
From.お母さん
まだ帰らないの?
面倒くさいな。
LINEとかは何か犯罪に巻き込まれるかもしれないからってメールアプリしか入れてくれなかった。
メールだって知らない人から連絡くるし。こう言うことだけ変な心配するなよ。
しょうがなく適当に送る。
To.お母さん
今帰ってるよ
「わりー。帰るわ」
持ち物をまとめて部屋を出ようとノブに手をかけると、
「伊宮くん」
呼び止められ、振り向く。
「障害は自分で越えるんだ。ショウガイは自分でつくるときもあるんだよ」
なんか名言みたいなこと言ってんな。
でも確かにそうかもしれない。
「お、おうおう。じゃ」
走って帰った。
斉藤は時々、突然真面目な顔になって真面目なことを言う時がある。
その後は必ず、「えへへ」という風に笑う。不思議なやつだ。
一週間後、斉藤は学校に来た。
体育会系・スポーツ大好きだとは言っても、やる仲間がいないわけで。だからしょうがなく図書室通い。
小五、小六にもなると図書室に行く人は殆どいない。顔ぶれが変わらないということは、よほど読書が好きなやつか、あるいはぼっちが通う場所だ。
自分が言えないけど。
そしてここにいるやつらが本を紹介するときは大体が「自分は本に救われました」とか「図書室だけが自分の居場所でした」とか言うんだろう。
別に本なんて好きじゃないし、俺はそう思わないけど。
背後に気配が。
「伊宮《いみや》くん」
くん呼びしてくるのはこいつしかいない。
「なんだよ」
やっぱり。
振り返ると斉藤がいた。
「何であんなこと」
「あんなことってなんだよ」
「だ、だから。何で先生を」
煽るのか、って聞きたいんだろう。
別に煽りたいわけじゃないんだけど。
「大人への抵抗だよ」
「そんなの無駄だよ」
珍しく斉藤が反論してきた。
真面目な顔をしていた。
なんかイラっとくる。
「知ってるし」
「僕たちは何しても無理だよ。大人は僕たちよりずっとくそやろうだから」
「俺、生まれてこなきゃよかった。そしたらクラスも平和だっただろうに」
「伊宮くんには夢がないの?」
なんだよ急に。
「無い。今更、無理。」
みんなは夢に向かって頑張っていると言うのに。それを俺は妨害している。才能への嫉妬。せめてもの反抗。
夢がないからこそ、俺は生きる意味を見出せずにいる。
「……僕は、男の子になりたいよ」
斉藤はXジェンダーだ。その中でも“無性”に属す。
女でも男でもない、どちらにも属さず囚われない。可愛いものも好きだけれど、服装は男っぽいのがいいとか。
また、レズビアンでもある。それは、女性が女性を好きになることを言う。
斉藤は女じゃないし、レズって言うのも何だけど、そう言うことだ。
俺のとはちょっと違うけど、男を恋愛対象に見れないらしい。
それで男子と仲良くしていると、あいつを好きだとか付き合ってるとか言われるんだとか。
悩んでることは俺と結構似てる。
「僕が男だったら、女の子を好きになってもよかったのに」
この間、斉藤は親にレズビアンだと話した。
「女の子が女の子を好きになるのはおかしいんだって」
小さい頃はトランスジェンダーの人のテレビなどを見て「瑠奈が男の子になりたいと言ってもママは反対しないからね」と言われていたらしい。
なのに、「ママは、僕が嘘をついてるって言うんだ。勘違いだって」言われたんだ。
話が長くなりそうだから『みんなのトイレ』に入る。誰もいない。
「ひどい。僕、ほんとに悩んでるのに」
斉藤の気持ちは痛いほどわかる。
「女の子を好きになるって、そんなにいけないこと?」
「いけなくないよ」
初恋が女の子だったから。
「……気持ち悪い」
急に立ち上がって、鍵も閉めずに個室へ駆け込んだ。
「大丈夫?」
「おえっ……うえっ……」
便器に吐いていた。
背中をさする。
「おい、大丈夫か」
大丈夫なわけないだろ。
ばかか俺は。
なんとなく、斉藤のそれは安易なことではない気がした。
「う……」
斉藤はぐらりと揺れたかと思ったら、便器に顔を突っ込みそうになった。
慌てて肩を支える。
「斉藤……!」
気を失っている。
やばい。
確か嘔吐してるときに意識を失って、横にしてしまうと、吐瀉物が喉に詰まるとか書いてあったな。姉ちゃんの保健の教科書に。
お姫様抱っこをして、図書室のおばちゃんに助けを求めた。
これ以外方法が思いつかなかったんだ。
図書室にいた児童達から悲鳴が上がる。
ピクッと震えたかと思ったらまた吐いた。
食べていないのか、ほぼ胃液しか出てこない。
吐瀉物が俺の腕に垂れる。
息が荒い。顔が真っ青だ。
おばちゃんは保健室の先生を電話で呼んでいる。
いやまず救急車呼べよ。
俺はたまらず斉藤を壁に寄りかからせてポケットからスマホを取り出した。
間違えて110と押すが、慌てて取り消し119を表示する。
電話し終わったおばちゃんが俺を見て驚いている。
校則違反なんて今は言えないだろが。
事情を説明する。
「冷静になってください。大丈夫です」と何度も言われた。
一週間経ったけどあれから斉藤は学校に来ていない。
幸い、俺んちの近所だったから斉藤の家は前から知っていた。
「斉藤」
「伊宮くん」
ピンポンして出てきたのは斉藤だった。
「見舞いに来た」
「ありがとう」
上がってと言われて上がらせてもらう。
斉藤の部屋は薄いピンク色と白で統一されたシンプルな空間だった。
女の子らしいかと聞かれたら、らしいと答えるだろう。
話を聞いていると、斉藤はここ一ヶ月くらい下痢、めまい、吐き気が続いていたんだとか。食欲もなくて二キロ落ちたらしい。
「検査が終わったら、最近の身体の調子はどうですかって聞かれたから」
そのことを説明した。
すると精神科に連れて行かれた。
「なんか色々質問されて。でも、前スクールカウンセラーに話したときに担任とか親にも筒抜けだったから、信用してなくて。結局最後までだまってた。」
診断結果はうつ病らしい。
どいつもこいつも出鱈目いいやがって。
「ママが心配して学校に行っちゃだめって」
それからずっと話を聞いていて、段々斉藤の親について分かってきた。
「過干渉・過保護なんだな」
斉藤は曖昧な返事をする。
過保護だから過干渉になる、ってところだろう。
「でもね、ママもパパも僕を大事にしてくれてるって、愛してるって分かってるんだ。」
だからママたちは悪くないんだよ、と微笑んだ。
「ただ、それが少し行き過ぎちゃったんだよね」
俺の家庭事情とは全く逆だと思った。でもお互いに辛いんだ。
「愛されたいよ。俺は」
俺は偽物の愛で家族という鎖に繋がれている。
まあ、愛されない原因は俺にあるんだけど。
「愛されるのも辛いよ」
窓の外を真っ直ぐ見て言った。
愛は怖い。愛は間違った方向に働いて、人を傷つけてしまうときもある。
そして俺はふと言った。
「俺、ショウガイだ」
「障がい?」
「“生きる害”と書いて生害」
そうだ。俺は生害。
生きることで周りに害を与えている。
「生涯、障がい抱えた生害者。なんかダジャレみてー」
おかしそうに笑っていうも、斉藤は笑わなかった。
「そういうこと言わないで」
「何で?」
斉藤は黙っていた。
ピロン
From.お母さん
まだ帰らないの?
面倒くさいな。
LINEとかは何か犯罪に巻き込まれるかもしれないからってメールアプリしか入れてくれなかった。
メールだって知らない人から連絡くるし。こう言うことだけ変な心配するなよ。
しょうがなく適当に送る。
To.お母さん
今帰ってるよ
「わりー。帰るわ」
持ち物をまとめて部屋を出ようとノブに手をかけると、
「伊宮くん」
呼び止められ、振り向く。
「障害は自分で越えるんだ。ショウガイは自分でつくるときもあるんだよ」
なんか名言みたいなこと言ってんな。
でも確かにそうかもしれない。
「お、おうおう。じゃ」
走って帰った。
斉藤は時々、突然真面目な顔になって真面目なことを言う時がある。
その後は必ず、「えへへ」という風に笑う。不思議なやつだ。
一週間後、斉藤は学校に来た。