「そんなこと聞きたくありません。早く理由を聞かせてください」
「あぁ。だから、そこでお前の存在が大きな意味を持ってくる。つまり、お前がこちらに付いている以上は、創様に下手に手出しできないってことだ。いつ貴子様に、お前が隠し子であることをバラされるか分からないからなぁ。言い方は悪いが、お前は人質ってことになる」

 自分で先を促したはいいが、それはなんとも残酷なものだった。

 生まれてからこれまで、存在さえ知らなかった父親のことを不意打ちで聞かされた挙げ句、その父親がかなりの野心家だと知らされ、それだけでも相当なショックだというのに。

 そこにきて、父親の弱みを握るための、人質にされるなんて、あんまりだーー。

「そんなの嫌です。それに、父親だって言われても一度も会ったこともないし。私が娘だなんて分かるはずないじゃないですかッ!」
「あぁ、そんなことか。それなら心配ない。
確かに、遊びだった相手の名前なんていちいち覚えちゃいないだろうが、創様の結婚相手になる女に難癖付けるために色々調べ上げるだろうからなぁ。向こうの出方を待つだけだ」
「……そんな」
「ものは考えようだ。お前の母親もお前も結局はゴミくずのように捨てられたんだ。捨てた父親に復讐できると思えばいいじゃないか」
「……復讐なんて、そんなの嫌ですッ!」
「言っておくが、お前には拒否権はない。ちゃんと拇印まで押してるんだ。創様との結婚にもすでに了承済みということになる」
「ーー騙したんですかッ!?」
「別に騙した訳じゃない。亀のお礼と言った俺の言葉に疑念を抱かなかったことも、書類をちゃんと確認しなかったのも、全部お前の落ち度だ。お前も二十二になる大人なんだ。泣いてばかりいないで、自分の尻拭いは自分でしろ」

 どうやらカメ吉を助けたお礼というのも、あの書類も、全ては私のことを利用するために巧妙に仕組まれたことだったらしい。

 おそらく私が遭ったあの事故の現場に菱沼さんたちが居合わせたのも、偶然じゃなく、私とコンタクトをとろうとしていたからだったんだろう。

 今更それに気づいたところで、自分ではどうすることもできず、結局は従うより他に道はなかった。

 こうして私は、専属パティシエールになるはずが人質として、桜小路さんと偽装結婚をする羽目になってしまったのだった。