あれからほどなくして、私たちのバカップルっぷりを寛大な心で空気と化して見守ってくれていた菱沼さんから、盛大な咳払いを繰り出されてしまうことになって。
その刹那、創さんも私もあたかも夢から醒めたかのように我に返ったところで、菱沼さんの申し訳なさそうな声が耳に届いた。
「……お取り込み中のところ誠に申し訳ないのですが。皆様、お待ちかねのようですので」
どうやら菱沼さんからの盛大な咳払いは、駐車場の出入り口で私たちのことを出迎えるためにずっと待ってくれている伯母夫婦と恭平兄ちゃんのことを気にかけてくれてのことだったようだ。
菱沼さんの声に弾かれるようにして窓の外に目を向けてみれば、車のすぐ傍まで近寄ってきたものの、私と創さんとの熱烈な抱擁を見てしまったのか。
伯母も伯父も仄かに顔を赤らめて気まずそうに、私たちは何も見てませんからっていうように、視線をあさっての方に漂わせるようにして黄昏れてしまっている。
ーーいやいや、絶対見てたでしょう! わあー恥ずかしすぎる。
菱沼さんに、『どうせ止めるなら、もっと早く止めてくださいよ』と言いかけようとしたところで恭平兄ちゃんの姿が視界の隅に飛び込んできた。
恭平兄ちゃんに至っては、ムスッとして足下の車止めを思いっきり蹴っ飛ばしてしまったようで。
サンダル履きの自分の足を持ち上げて、創さんに劣っているがそれでも充分いけているイケメンフェイスを悩ましげに歪ませている。
どうやら折角出迎えてくれているのに放置してしまった私たちに、随分とご立腹のようだ。
私は何かを返そうにも返す言葉も見つからず、ただただ心の底からすみませんでしたと思いながら、菱沼さんに向けて声を放つと。
「す、すまなかった」
「す、すみませんでしたッ」
意図していなかったにもかかわらず、創さんの声とハモってしまい。
ただそれだけのことにも、これ以上にないくらいの幸せを感じて、この幸せをしみじ噛みしめつつ、創さんのエスコートによりパティスリー藤倉へと足を踏み入れることとなり。
そうして一週間前に訪れたときと同じく和室の客間にて、おいしいお菓子たちにもてなされ、お祝いのお言葉を贈ってもらい、これまた幸せなひとときを過ごしていた。
「いやぁ、本当におめでとう」
「でもさみしくなるわねぇ」
「ふたりとも酔いすぎだし。ったく」
伯母夫婦そろって創さんが手土産にと持参したシャンパンを祝いの席だからと少々飲み過ぎてしまったようでほろ酔い状態。
そんなふたりを冷ややかに眺めつつも、さりげなくふたりを気遣っている優しい恭平兄ちゃんの姿に、ほっこりしつつ、私はここでの暮らしを思い返していた。
父親を知らずに育ったけれど、伯母夫婦や恭平兄ちゃんのお陰で、寂しいなんて思った記憶は一度もない。
ーーいつか好きな人ができて、もしも結婚できたら、こんなあたたかな家族を作りたいなぁ。
なんてことを漠然と考えてみたことはある。けれどまさか、そんな日が来るなんてことは、思ってもみなかったことだ。
