ーーなんだ。そういうことだったんだ。

 創さんみたいに王子様のような素敵な人が平々凡々を絵に描いたような私のことを好きになってくれるなんて、おかしいと思ったんだ。

 あの時、あの咲姫さんらしき、私によく似た女の子の写真を伏せたのは、そのことが私にばれないように、わざと隠しただけで、父親のことで気落ちしてしまってた私のことを気遣ってくれたからじゃなかったんだ。

 それを自分のためだなんて勝手に思い込んじゃってたなんて。

ーーバカみたい。

 この一週間、夢なんじゃないかってくらい、あんなに幸せだったのが嘘だったかのように、悲しみ一色に塗りつぶされてしまった私の心の中はもはや真っ黒だ。

 正座した膝の上で爪が食い込むほどに強く握りしめた拳が小刻みに震え始めて、そこへポトリと大粒の雫が落ちてきた。

ーー泣くもんか!

 そう思って、ぐっと奥歯を噛みしめて踏ん張ろうとしても、それは留まるどころかドンドン降ってきて、まるで土砂降りのよう。

 土砂降りのように雨粒の降り注ぐ絶望の中で佇んで濡れ鼠と化している私の耳に、今度はご当主から声が届いた。

「確かに、最初は身代わりにするつもりだったらしい。だけど、『帝都ホテル』でパティシエールとして働いている菜々子ちゃんを見て、一目惚れしてしまったらしいんだ。それに気づいたのは一月前で、菜々子ちゃんが従兄である恭平さんのことを好きだと気づいた後だったらしい」

 今度はなんだろうと思いつつそこまで聞いて、思いがけない言葉に突き当たってしまい。

ーーん? ちょっ、ちょっと待って。

 確かに、人質になれと言い渡された時、事故の前から知ってた風な口ぶりだったけど、一目惚れってどういうこと?

 それから今、恭平兄ちゃんのことを私が好きだと気づいた後って、言わなかった?

 それって、もしかしてあの時の誤解がまだ解けてなかったってこと?

 土砂降りの如く降り注いでいた涙もピタッとやんで、私の頭の中にたくさんのクエスチョンマークが飛び交い始めた。

 けれど、そんな私の心情など知る由もないご当主の話はまだ終わらない。

「色恋に疎い菜々子ちゃんの気持ちを混乱させるようなことをして悪かったって、創もひどく反省していてね。これ以上混乱させてはいけないからって、菜々子ちゃんのことは諦めて、潔く身を引くことにしたらしいんだ」

 ここまで聞いて、いくらうっかり者の私でも、ようやく合点がいった。

やっぱり創さんは、私が恭平兄ちゃんのことを好きだとずっと誤解したままだったんだ。