創さんは、恐縮しきりの私のことを自身の広くてあたたかな胸にそうっと抱き寄せると、銀食器のいわれを静かに語り始めた。

「ヨーロッパの貴族が銀食器を愛用していた理由の一つは、毒殺を未然に防ぐためだったと言われている。というのも、銀には、青酸カリなどヒ素化合物に触れたとき化学反応を起こすという性質があるからだ。それから、晩餐会など客人を招いたときに、毒など入ってないから、どうぞ安心してください。そんな意味もあったらしいんだ」

 私は創さんの身体から直に伝わってくる穏やかな声音に耳を傾けつつ。

ーーあっ、そういえば、そんな話、どこかで耳にしたような気がする。

 それに、銀食器は長時間放置しておくと、変色したりするため、しっかりと手入れする必要がある。

 すなわち、手入れをしてくれる忠誠心のある家臣を雇う財力がある。また、それを誇示する意味合いもあるんだっけ。

 そんないわれから、銀食器を使う家に生まれた赤ちゃんは幸せになれるとも言われていて。

『銀のスプーンをくわえて生まれてきた赤ちゃんは幸せになれる』

 そんな言葉があるのも知っていたし、出産祝いに銀食器を送るようになったということも知っている。

ーーでも、それをどうして私に、このタイミングでプレゼントしてくれたんだろう?

 創さんの言わんとすることが掴めなかった私は、創さんの胸から顔を上げ。

「その話なら聞いたことあります。確か、手入れも大変で、裕福な家でないと管理できないことからも。銀食器には魔除けの意味もあったり、幸せの象徴でもあり、貴族にとっては、ステイタスでもあったんですよね? だから、出産祝いにもなっているくらいですもんね?」

 創さんの言葉に補足するようにして、とにかく何が言いたいかを早く引き出そうと、その先を促すために放った私の声に、

「あぁ」

穏やかな声音で答えてから、ゆっくりと頷いて見せた創さんの表情は、どこか寂しげで。

 胸がキュッと締め付けられるような心地がした。

ーーそれに、なんだろう? さっきから胸がざわざわして落ち着かない。

 妙な胸騒ぎに苛まれた私の元に、創さんの穏やかな声音がふたたび静かに届くのだった。

「菜々子が言ったように、銀食器は幸せの象徴でもある。菜々子には、幸せになって欲しいんだ。そんな願いを込めて用意したモノだ。だから、遠慮なく受け取って欲しい。そして使うたびに俺のことを思い出して欲しいんだ」

 創さんの声音がいつになく穏やかで静かなものであるせいか。

 そしてまた、妙な言い方だったせいもあって。

 さっきから妙な胸騒ぎを覚えてしまっていた私は、何かを考えるまでもなく、無意識に言葉を放っていた。

「あのう、どうしてそんな、まるで、今日でお別れみたいな言い方するんですか? それに私、今、充分すぎるくらい幸せですよ?」