俺とカナは、ぎゅっと手をつないで逃げ出した。カナを縛る“紐”は、ひどく邪魔で、鬱陶しくて、そのくせ簡単に切れてしまいそうだと彼女が言ったものだから、カナは俺のナイフを使って、ぷつりとその紐を切り取った。
 カナにしか見ることができないというそれは、たしかに彼女を異界へとつなぐ紐でもあったらしい。「切れちゃった」と、ぽつりと呟いて涙をこぼしたのが、カナが泣いた最後だった。


 それでも、たしかに切り取ったはずなのに、どこぞからやってきたエルフ達から俺たちは必死で逃げた。狂っていると叫ばれた。きっとそうだと心の底では認めていた。




「なあカナ、俺、本当は」

 この言葉を告げるには、これまたひどく勇気が必要で、絞り出すまでにまた何年もの時間がかかってしまった。それを聞いた彼女と言えば、こちらが硬くなっていることをお構いなしに腹を抱えて笑って、「そんなこと、いつまでも気にしていたの?」と肩まですっかり震わせていた。

 俺よりも僅かに大きいと思っていた手のひらが、いつの間にか小さくなってしまっていたと気づいたとき、ひどく胸が苦しくなった。彼女と並ぶと、ひどく情けない体だった。伸びた背は少しくらいで、いつまで経っても子供だった。


「レグルス、私、次に生まれるんなら、エルフになってみようかな」
「そうだな。ぜひそうしてくれ。その間に、俺はもうちょっと成長しておくよ」

 魔法も、もうちょっとくらい練習してみるかな。







 そう告げてから、一体どれほどの時間が経ったのか。ふらふらと人間の街を歩いた。似合いもしないフードをかぶることはもうないし、あくびをしながら屋台を一つ、二つと見て回る。竜は変わらず人を襲う。けれども何も変わらない。客引きの声は相変わらず元気だし、揉める声もそれこそいくらでも聞こえてくる。

「あっ……」

 レグルスの足元に、小さな子供がつまずいた。持っていた棒付き飴は、ズボンにくっついていてべとべとだ。ついでにぼとりと地面に落ちた。少女は慌てて起き上がって、落ちた飴に気づいたとき、泣いてしまう。そう思ったのに、思いっきりに飲み込んだ。それよりも、と首を振ってレグルスを見上げた。

「おじさん、ごめんなさい」

 きちんと謝って、頭を下げた。そんなときだ。ふと、どこぞからはちみつの匂いがした。「……死んじまったら、おしまいだって言ったのになあ」 呟いた声は少女には聞こえない。それよりもエルフになるだか言っていたくせに。

「おじさん?」
「いや、ごめん。それよかほら。これやるよ」

 ポケットの中から取り出した小粒の飴をやると、少女はほっぺたを真っ赤にして微笑んだ。ありがとう、と頭を下げて、名前を呼ばれた母親のもとに戻っていく。





 ――――なあ、カナ。俺、本当は家族が欲しいって願ったんじゃないんだよ

 家族が欲しい。まあでも、今更そんなのは無理だから。できれば可愛い嫁さんができたらいいんだが。


 思わずそう考えたときに、きらりと小さな星が光った。びっくりして、飛び上がって、慌てて両手を伸ばした。落っこちてきた。そんな彼女を腕の中で抱きしめて、ひどく緊張した。俺にとって、彼女は小さな星だった。泣いて、笑って、旅をした。これからも、俺は旅を続けていく。

 星の下で、旅を続ける。