夏空、蝶々結び。



「誰だと思ったの」


がっかりした顔をしていただろうか、先輩が苦笑した。


「誰を待ってるのか知らないけど、もう帰った方がいい。また体調崩しかねないし……夜中突っ立ってたら危ないだろ」


(どうして……)


「近くで呑んだ帰り。声掛けようか迷ったけどな。……やっぱり、送ってくよ」


いつから見ていたのだろう。
あの姿ばかり探していて、酷いことに全く視界に入っていなかった。


「でも……」

「ダメ」


最後まで言わせずに、彼は言った。


「こんなところに置いていけない。それとも、俺の部屋に連れて行かれたい? 」


返事を一切待たず、タクシーを止める。


(……ゴン)


――どうして、あんたが来なかったの。



・・・



「ありがとう、ございました……」


ドアの前でお礼を言う。
もちろん、自分の部屋の。


「いや」


他に何を言えばいいの?
目の前に立つ先輩の、どこを見ればいいのだろう。
混乱していると、やはり冷えていたのかくしゃみが出てしまう。


「だから言ったろ」


呆れながら、けれどもどこか得意そうに言うと――そっと自分の上着を私の肩に掛けてくれた。

そう、そっと。
退社前のことなんて、忘れてしまったかのように笑って。


「困ったな。今夜は少し冷えるから……」


――上着がないと、帰れない。