今のゴンは踏み荒らすどころか、そっと手を翳して逃げていくのだ。
驚いて見る間に、こっちが手を伸ばしても触れることができないように。
『ありがとう、ゴン』
もっと早く、口にできたら。
泣き笑いも、もう少し楽にできたなら。
「なら、いいけど……でも、その理論でいくと私たち……」
そんな可愛いげのない言葉が、出てくることもなかったのに。
それに、認めたくないのかもしれない。
ゴンに感謝すればするほど、彼の存在に救われていると自覚するほど――ゴンが遠ざかる日が近づいてくるのだと。
「――……すげぇ近い、って? 」
いつの間にか、ゴンの顔がすぐそこにあった。
急いで俯くと、拍子に膝を抱えていた腕が解け、床に落ち――ほんの僅か、指先が彼のそれと重なっていた。
「だったら、それってルール違反じゃない」
この表現はおかしいだろうか。
物理的には、けして触れ合うことはないのだ。
それでも、上か下か、どこを見ていいのかオロオロしてしまう。
「言ったでしょ。俺に惚れないでね、かなえちゃん。……面倒だろ」
そんな私を馬鹿にしたように笑い、ゴンは言った。
何様だと言わないといけない、私の返事も決まっている。
「自惚れすぎよ」
ルールを制定した時と、大差ない会話。
けれど、格好悪い切り返しは、自分ですごく不満だった。
だってゴンは、その答えを酷く嬉しそうに微笑んでいるから。
「相手の気持ちなんてさ。訊かなきゃ分からないし、訊いてもそれが本心かどうか……知るよしもないんだ。それでも知りたいと思うほどの勇気がないなら、悩んでも行動できなくなるだけだよ」
いつからか、ゴンの助言を受け入れやすくなっている。
経験からくるものなのだろうか、だとしたら、彼は一体どんな恋愛をしてきたのだろう。
「……ん」
頷きながら、別のことを考えていた。
(明日はストレートのままでいいや)
髪型と先輩との喧嘩は関係ないけれど、そんな気分じゃない。
それに――慰めてくれたゴンの嫌がることを、わざわざする必要もないと思っただけだ。



