Side 李世


賭けに勝ったことで(正直、負ける気はしなかったけど)、陽茉ちゃんが大会に来てくれることになった。


賭けだなんて遠回りなことをしなくても、陽茉ちゃんは応援しに駆けつけてくれていたかもしれない。


でももし、困ったような顔をされたら。





【どうやって断ろう……】なんて心の声を、なにかの拍子に聞いてしまったら。


きっと立ち直れないから、試せなかった。



俺はけっこう、奥手のビビりなんだ。




ともかく、会場のどこかに陽茉ちゃんがいるんだと思うと、難なくバーを越えることができた。




競技が進み、最後まで残った三年生は、去年県大会に出場していた有力選手だった。


ここからは、どちらが先に落ちるかの意地の張り合いだ。


陽茉ちゃんにいいところを見せたくて、気合を入れなおしていた時だった。



「菊里せんぱーーーーい!!!!!!!!」


突然、聞き覚えのない低い声が、会場にこだまする。


誰だ、こんなバカでかい声で叫んだのは。


全く心当たりがないので、別の「菊里」を呼んだのだろうと思ったけど、反射的に振り返ってしまった。



叫んだと思われるのは、やはり見覚えのない男子生徒。




でも、その隣にいたのは――。







「……陽茉ちゃん?」



ぱちっと目が合うと、陽茉ちゃんは紅茶に角砂糖を入れた瞬間みたいな、とろりとした甘い笑顔を浮かべる。





【李世先輩、がんばってください!】






真っすぐな陽茉ちゃんの気持ちが、俺の心に広がっていく。



でも、すでにどろりとした薄暗い気持ちに、俺は侵食されていて。



受け取り先を失くしたその想いは、俺の心から零れて落ちた。