Side 李世



「それじゃあ先輩、また明日!」

「ああ、またね」





部活終わりだというのに、ブンブンと元気よく手を振る北条くん。


さすが運動量の多いバスケ部だっただけあって、体力は有り余っているらしい。


まるで俺の後をついてまわる犬みたいだけど、棒高跳びの記録はみるみる良くなっていて、このままだとあっという間に追いつかれてしまいそうだ。


陽茉ちゃんをめぐる敵同士ではなくなったけど、今度はスポーツマンとしていいライバルになるだろう。


今月末にある夏休みの強化合宿も、気が抜けないな。


気を引き締めながら、俺は帰路につく。



7月の19時。


ようやく暗闇が広がってきた帰り道に、俺を阻む人影があった。



突如目の前に立ちはだかった、見慣れない男。



ぶかぶかの黒いパーカーを身に纏い、目深くフードをかぶっている。



スラリとした体型で、俺より少しだけ身長は低い。




「……なにか用?」





警戒しながらたずねると、男はふいにフードをとった。


前髪はオールバックに固められていて、無防備な瞳が俺の目の前に晒される。


なにがしたいのかよくわからないが……これはチャンスだ。


真っすぐに俺を見つめている、その特徴的なグレーの瞳を捉える。





【後ろ、危ないですよ】





「――っ⁉」




聞き取った心の声につられて、俺は思わず振り向いてしまう。


この男の仲間が背後から襲ってきているのかと思ったが、夕闇に紛れた誰の姿も見当たらなかった。



……一体、どういうことだ?


心の声を読んだのに外れるなんて。



たった今起こった出来事を理解できなかった俺は、もう一度あの男と向き直った。


心を読むことに失敗した俺は、途端に目の前の男に恐怖を抱いてしまう。



息をのんで男の動向を伺っていると、男は体を揺らし、愉快そうに笑う。





「あはっ……あははっ。やっぱり、思った通りだ」





……あれ。この声、聞き覚えがあるような。


それに、パーカーの下って……うちの高校の制服じゃ?





「菊里先輩。そろそろ気づきませんか?僕ですよ」





男は自分のセットされた髪をつかむと、わしゃわしゃともみほぐしていく。


だんだんと目元を覆っていく長い前髪に、俺はようやくこの男が誰なのか分かった。