「今のうち!行くよ、陽茉!」
背中を押されながらも、陽茉ちゃんは俺の方を振り向く。
その顔は、今にも泣きだしてしまいそうなほど、せつなくて。
どうやら陽茉ちゃんには、あの男にこのままついていってしまっていいのか、迷いがあるようだった。
「陽茉ちゃん!!」
一縷の望みをかけて、俺は彼女の名前を叫ぶ。
陽茉ちゃん、そいつは陽茉ちゃんを騙そうとしているんだ。
陽茉ちゃんのこと、オモチャとしか思っていないんだよ。
どうか気づいて。
俺を、信じて。
陽茉ちゃんはしばらく俺の方を見つめた後、ふっと笑みを浮かべた。
――太陽が分厚い雲に覆われていくような。清らかな水が、少しずつ凍っていくような。
そんな、陰った笑みだった。
「……私なんかより、彼女さんを大切にしてあげてください」
【李世先輩のこと、分からないよ。】
陽茉ちゃんは正面を向くと、あの男に引っ張られながら、走って消えていってしまった。
かなり人目を集めてしまっていたので、それ以上深追いすることはできなかった。
くそっ……しくじった。
