「はい。……見せたというよりは、覗き見られた感じでしたが」
「フィリップにも、キノコはよく生えた?」
 曇った顔のまま、まったく違う話を振られる。
 質問の意図がわからないまま、アニエスは記憶を探った。

「え、ええと。最初は、生えていました。でも途中からは、ほとんど生えていません」
「それは、フィリップを信頼しているということか?」
「そういうわけではありませんが、平気になりました」

 フィリップを手のかかる弟と認識し、その存在に慣れた頃からは、キノコはほとんど生えていない。
 恐らくアニエスの中で、『男性』から『面倒をみる対象』に移行したからだと思われる。

「……そうか」
 そう言うと、クロードは押し黙る。
 どうも嫌がっているというよりは、何か不機嫌な様子だが、どうしたのだろう。
「俺は、気味が悪いとは思わない。……まあ、驚きはしたが」
 クロードはアニエスに近付くと、手に乗った薬草を見つめる。


「……語りかける君は、柔らかい光に包まれていた。あれが、精霊なのか?」
「見えるのですか?」
 今までに精霊を目にした人は亡き父くらいで、あとは存在をうっすら感じ取れる人がごく稀にいたくらいだ。
 光として見えているのなら、アニエスとほとんど変わらないではないか。

「いや。アニエスの周りがぼんやりと明るいだけだ」
 それでも仲間ができたようで、何だか嬉しくなってきた。
「それでも、見える人は滅多にいません。……これは、竜の血の力ですか?」

 ヴィザージュ王国の王族は竜の血を引いていると言われてはいるが、今まではおとぎ話のようなものだろうと思っていた。
 だがアニエスが思った以上に、竜の血というものは強い力を持っているのかもしれない。

「そうかもしれないな。……あるいは、俺がアニエスを真剣に想っているから、精霊が少しだけ姿を見せてくれたのかもしれない」
 にこりと微笑むクロードをみて、アニエスは苦笑した。
 本当に、どこまで『ひとめぼれで首ったけ』を実行するつもりなのか。
 真面目というのも考えものである。


「公衆の面前じゃありませんから、演技は必要ないですよ」
「本気なんだけどな。内容はともかくとして、語り掛けている君はとても綺麗だった」
「だから、演技は」
「本気だよ」

 鈍色の瞳はアニエスをまっすぐに見つめて逸らさない。
 これは契約で作戦だとわかっていても、美青年に至近距離でじっと見られれば、動揺しないはずがない。

 ポンポンと小気味良い音を立てて、クロードの靴にハマグリ型のキノコが生えた。
 全体はクリーム色で、上部はキャラメルソースがかかったような光沢がある。
 靴の先端を覆うように生えたのは、ヒトクチターケだ。

 その瞬間、クロードの視線がキノコに奪われる。
 きらきらと輝く瞳がちらりと足元に視線を落としているが、隠す必要もないので堂々とキノコを見ればいいと思う。

「……キノコを生やしたいのはわかりますが、毎度変な演技をしないでください」
「いや、違うんだ。俺は本当に」
「キノコ、いらないのですか?」
「いる」

 即答すると、靴からキノコをもぎ取り、大事そうにポケットにしまっている。
 既にクロードのポケットは、本日のキノコが溢れんばかりだ。
 王子が出掛けるたびにポケットをキノコだらけにしてくることについて、王宮の人間はどう思っているのだろうと心配になってくる。

「……薬草が萎れる前に売りたいので、失礼しますね」
「待て、アニエス。俺も一緒に行く」

 どうやら、まだキノコが足りないらしい。
 キノコの変態がキノコチャンスを無駄にするはずもなく、同行を断るのは難しいだろう。
 時間がないので無駄なやりとりはしたくない。
 アニエスは土まみれのワンピースを着替えるべく、自室に向かった。



「これは凄い! お嬢様、どこで手に入れたんです?」
 店長は興奮を隠さず、目を輝かせて橙色の薬草を食い入るように見ている。
 普通に考えれば森に自生しているわけだが、仮にも伯爵令嬢であるアニエスがふらりと採集するというのは信じ難いだろう。
 どうせ信じ難いのならば、少しの真実を交えた方が、信じてもらいやすいはずだ。

「思い立って薬草を庭に植えてみたら、変わった色の物があったので持ってきました」
「庭に植えて? 土壌は、日当たりは、肥料に水やり……一体、どんな管理をしたんですか!」
「特には、何も。偶然、うちの庭がいい環境なのかもしれませんね」
 あまりの勢いに少し引きつつ、当たり障りのない答えを返すと、店長は大きなため息をついた。

「偶然。……それもそうですね。これほどの品を栽培できるとなれば、薬草の相場がひっくり返ります」
「……そんなに凄いのですか?」
 恐る恐る尋ねてみると、店長は神妙な顔でうなずいた。

「普通の薬草の数倍は効果があるし、高値ですよ。なかなか採れない希少種ですからね。特に今は」
「何かあるのですか?」
「小さな子供に流行っている病がありまして、通常の薬草ではなかなか解熱できないんです。おかげでどこも在庫が乏しくて。本当に助かりますよ、お嬢様」

 差し出された代金はアニエスの想定の何倍もあり、驚くとともに少しの罪悪感も生まれる。
 祝福付きの薬草は、あまり持ってこない方がいいだろうか。
 だが流行病に使える薬は必要だろうし、どの程度が適正なのだろう。

 考えながらお金を受け取ろうと手を伸ばし、うっかり店長の手に触れてしまう。
 店長の腕に生えたのは、紫色の花弁の集合体の様なキノコだった。
 それを見た店長はさっと顔色を変えた。


「――これ、熱さましの妙薬チョレイマイターケの変異種ですよ?」
 慌ててキノコをむしると、何度も角度を変えて確認している。
「間違いありません。別名ネツサガールです。……お嬢様、このキノコ是非とも買い取らせてください。これひとつで、かなりの数の薬が作れます」

「あ、はい。もちろん、構いません」
 店長はいそいそとお金を準備しながら、キノコをちらちらと見ている。
 同時にキノコの変態もちらちらと紫色のキノコを見ているが、さすがに空気を読んだのか、欲しいとは口にしない。

「このキノコは限られた地域でしか採れず、流通量が少なくて高価です。しかも今は季節外れなので、ほぼ手に入りません。何しろ寿命が短くて、この花弁の様な傘はすぐに萎れてしまうのですが、そうすると薬効がかなり落ちるんですよ。こんなに新鮮な状態なんて、奇跡です。すぐに加工の手配しなければ」

 クロードの熱い視線に何かを感じ取ったらしい店長は、押し付けるようにアニエスに代金を渡すと、嬉しそうに店の奥に消えて行った。


「……アニエス、あの……」
「同じキノコは出せません」
「そ、そうだよな」

 クロードは寂しそうにうなずいているが、あれだけキノコを持っているのにまだ欲しいのか。
 キノコの変態のキノコ欲は、想像以上だ。




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【今日のキノコ】
ヒトクチタケ(一口茸)
樹木の側面に沿ったハマグリ型で、下部はクリーム色、上部は褐色で光沢があるキノコ。
木にめり込んだ栗饅頭という感じ。
美味しそうな名前に、美味しそうな見た目だが、美味しくないらしい。
ベニテングタケとオトメノカサが出番で揉めていたので、どさくさに紛れて出て来た、ちゃっかりキノコ。

チョレイマイタケ(猪苓舞茸)
木の根に寄生するキノコの一種で、黄褐色の小さな傘の集合体の様な見た目。
菌核はかの有名な猪苓湯になったりする、有名キノコ。
今回はモデルのモデルなので、出番なし。

ネツサガール(そんなものはない)
解熱作用を持つチョレイマイタケの変異種の、紫色のキノコ。
チョレイマイタケは菌核が薬になるが、こちらはキノコ全体が薬になる。
花弁のようにひらひらとした形の集合体で、ちょっと可愛い。
時間と共に萎れていき、それと共に薬効も下がるという、レアな上に繊細なキノコ。
流行病に解熱と聞いて、アニエスのために一肌脱ごうと生えてきた。