「それで、クロード様は何を見たいのですか?」
「何でも良いんだ。アニエスと街を歩きたいだけだから」

「散歩、ですか?」
「デートだよ」
「……なるほど。例の『ひとめぼれで首ったけ』の件ですね」

 麗しのキノコの変態王子は、今日も契約に真摯に取り組むらしい。
 王都の街中を二人一緒に歩いても、貴族自身が見ることはあまりないだろう。
 だが、何と言ってもアニエスの桃花色の髪は目立つ。
 使用人や出入りの商人などの目はあるし、噂というものはあっという間に広がる。
 社交界だけではなく、こちらからも噂を広めて効率よく女性除けをしようということなのだろう。



「ルフォールのお嬢様、今日は随分と男前を連れているね。彼氏かい?」
 フルーツの串刺しを注文すると、馴染みの店主が笑顔でクロードに視線を向ける。
 簡素な服を着ようとも、品と美貌は隠しきれず、クロードは行く先々で注目されていた。

「違いますよ。……納品先です」
 いくら『ひとめぼれで首ったけ』の契約中とはいえ、クロードの名誉のためにも余計なことは言わない方がいいだろう。

「納品?」
 首を傾げつつ、店主は苺の串刺しを二本用意する。
 まさかキノコの納品先とは言えないので、笑顔で誤魔化す。

「まあ、何にしてもめでたいことだよ。あのへなちょこ野郎にお嬢さんはもったいなかったからね。よし、苺を一個サービスしよう」
「わあ、ありがとうございます」

 へなちょこ野郎と言うのはフィリップのことだろうが、平民にまで知れ渡っているとは、どれだけへなちょこなのだ。
 何がめでたいのかはよくわからなかったが、サービスしてもらえるというので喜んで受け取る。
 代金を支払うと、クロードにも苺の串を手渡した。

「ありがとう。……すまない。アニエスに支払わせることになって」
「大した額じゃありませんよ。クロード様にいただいたドレスの、ビーズ一つ分もないです。私こそ、これくらいしかお返しできなくてすみません」

 クロードはお金を持ってきてはいたが、街の屋台で支払うには金貨は高額過ぎる。
 おつりが大量なので店主にも手間をかけさせるし、よからぬ輩に目を付けられかねない。
 街に出掛けるというので小銭を準備したが、正解だった。


「街の屋台で買い物をするのは、初めてですか?」
「いや、遠征時に利用したことはあるが」
 恐らく、モーリスや部下が支払いをしたのだろう。
 王子が小銭をジャラジャラ持って屋台に並ぶわけにもいかないのだから、当然と言えば当然だ。

「アニエスは慣れているな」
「元々平民育ちですし、よく買い物に出掛けたりしますから」
「店主とも知り合いなのか?」

「たまに利用します。名乗ったことはありませんが、この髪なのですぐにばれます。……こういうところも、厄介ですね」
 髪を一房手に取ると、アニエスはため息をついた。

「あのベンチで食べましょうか」
 ちょうど空いているベンチを見つけたので、腰掛けると早速苺にかぶりつく。
 貴族の令嬢ならば絶対にありえないとは思うが、串刺しなのだからこうして食べるのが正しいし、美味しい。

 いっそ、はしたないと幻滅してくれれば契約も早々に終了して話が早いと思ったのだが、クロードは気にせず自分も苺にかぶりついている。
 騎士として活動しているからか元からかはわからないが、どうやら串にかぶりつくアニエスは気にならないらしい。
 怒られずにほっとしたような、残念のような、何とも言えない気持ちだ。

 苺を食べ終えたアニエスが次はどこを見ようかと辺りを見回すと、クロードの口に苺の果汁が付着しているのが見えた。
 みずみずしい苺だったので仕方ないが、さすがに王子が苺汁まみれなのはよろしくないだろう。


「クロード様、口に苺がついています」
 取り出したハンカチで軽くたたくようにして赤い果汁を拭きとると、クロードがぽかんと口を開けたまま固まっている。
 どうしたのだろうと思って自身の行動を振り返り、ようやく失態に気付いた。

「――す、すみませんでした! つい、弟と同じように……」
 ケヴィンは口の周りに食べ物をつけることが多く、アニエスはそれをよく拭いていた。
 その行動が、まさかこんな時に出てしまうとは。
 刷り込まれた習性が恐ろしい。

 不敬だとお叱りを受けるのだろうかと恐る恐るクロードを見てみると、口元に手を当ててうつむいている。
 気のせいか顔が赤いが、これは相当怒っているのかもしれない。

「い、いや、いい。……アニエスは、よく弟の口を拭いているのか?」
 顔を上げたクロードは、やはり顔が赤いが、怒っているわけではなさそうなのでとりあえず安心する。
「小さい頃は毎日でしたが、今は時々です。最近はどちらかというと、フィリップ様の方が……」
「フィリップ?」

 クロードの低い声に、また余計なことを言ったことに気付くが、すでに遅い。
 フィリップもよく口周りを汚していたので、アニエスが拭くことが多かった。
 へなちょこ王族のことなど思い出したくもないというのに、やはり長年一緒だったせいか影響が強い。

「いえ、気にしないでください」
 すると、クロードはアニエスが手にしていたハンカチを取り、にこりと微笑む。
 何だろうと思いながら見ていると、それをそっとアニエスの唇に当てた。

「……アニエスも、ついているぞ」
 至近距離で囁かれ、恥ずかしさからアニエスの頬が一気に熱を持つ。
 それと同時にクロードの腕にキノコが数本生えた。
「す、すみません!」
 ハンカチをひったくるように受け取って握りしめると、クロードは変わらず微笑んでいる。

 クロードの腕で楽しそうに揺れている白いキノコは、オトメノカーサだろう。
 その隣には黄土色の球形の頭部を持つキノコがいるが、球形のてっぺんには赤橙色の星型の孔が開いている。
 恐らくクチベニターケなのだろうが、今は唇を連想させる姿を見たくない。

 キノコを撫でながら微笑みかけられていたたまれなくなったアニエスは、ベンチから立ち上がった。




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何だか「今日のキノコ」が好評で、ありがたいかぎりです。
キノコ達も、ありがとう。


【今日のキノコ】
オトメノカサ(「大切な人だから」参照)
小さな乳白色の傘を持つ、恋バナ大好き野次馬キノコ。
過去最大規模の乙女の気配に大興奮し、新たな相方を伴ってやって来た。

クチベニタケ(口紅茸)
傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコ。
たこ焼きのてっぺんに穴が開いていて、穴の端が紅ショウガで染まっている感じ。
名前通り、まるで口紅をつけた唇の様な見た目。
「唇! 唇!」と興奮したオトメノカサに、有無を言わさず連れ出された。