「さあ、行こうか」
 差し出された手を取ると、クロードの白い手袋の上に小さなキノコがポンと生える。
 淡い橙色がかった黄色の傘はヒナノヒガーサだろう。

 だが、クロードはそれをさっさとむしると、自身の上着のポケットにしまった。
 気のせいか、キノコをむしる手つきが上達している。
 どうでもいいところに、クロードの優秀さが垣間見えた。

「殿下。ドレスばかりかアクセサリーまで、ありがとうございました」
 ドレスを仕立てるというのは聞いていたが、黄水晶(シトリン)の髪飾りや耳飾りに首飾り、銀糸のリボンに靴に手袋と、一通りのものが届けられた時には目を丸くした。
 しかも、どれも質のいい物だと一目でわかる。
 キノコのため、王家のイメージのためとはいえ、いくら何でもやり過ぎではないだろうか。

「どういたしまして。やはりアニエス嬢は明るい色も似合う。とても綺麗だ」
 にこりと微笑まれた途端、クロードの腕にヒナノヒガーサが更に三本生えた。
 この人は、もう少し自身の容姿が及ぼす影響を理解した方が良いと思う。
 変態度や好意の有無はともかくとしても、美青年に微笑みかけられれば、緊張しない方がおかしい。

「あ、ありがとうございます。……このドレスは国庫ではなく殿下の私財から用意したと伺いましたが」
「ああ」
「私のような者に、出費をし過ぎです。前回のドレスだけでも十分すぎるくらいですし、今回も同じドレスで構いませんでしたが」
「前回はきちんと採寸したわけではないし、急ぎで作らせたからな。俺が君に着てほしくて贈ったのだから、気にすることはない」

 そんなこと言われても、気にするし気になるに決まっているではないか。
 返答に困っている内に、舞踏会の会場に到着した。
 麗しの第四王子が、また公開婚約破棄された女を連れているのだ。
 当然のごとく、視線が集中した。

 クロードが隣にいるのであからさまな中傷は聞こえてこないが、何を言われているのかと思うと胃が痛いし、キノコが生えそうだ。
 特に若い女性からの視線が強いのは、やはりクロードという極上の餌にアニエスという虫がついているからだろう。
 気にすると無限にキノコが生えてきそうなので、楽しい平民生活のことを懸命に考えるようにする。


「まずは踊ってくれる?」
「はい……」
 訊ねられているように見えて、アニエスに選択肢はない。
 クロードに手を引かれてホールの中央に行くと、音楽に合わせて踊り始めた。

 アニエスは平民育ちなので当然ダンスなど見たこともなく、当初はかなり苦労してレッスンを受けた覚えがある。
 さすがに今は普通に踊れるようになったが、クロードの優雅で余裕のある振舞いを見ているとやはり生粋の王族との違いは歴然だ。
 リードも上手で踊りやすいが、精神的にはちょっとした我慢大会である。

 踊っているとクロードの手に黄色い棒状のキノコが現れるが、すぐにそれをむしると自然な動きでポケットに収める。
 たぶんキソウメンターケだったのだろうが、動きが早くて確認しきれない。

 やはりキノコあしらいが前回より上達している。
 これだけキノコに夢中で、王子としての公務は務まるのだろうか。
 王子はまだしも、騎士として城外に出れば不慮のキノコに出会う可能性もあるはず。
 それとも、騎士の中ではキノコの騎士として知られていたりするのだろうか。
 ……キノコの騎士って何だろう。

 アニエスの脳内に、キノコの傘をかぶったクロードが現れた。
 もちろん、クロードと運命の赤い菌糸で結ばれたベニテングターケの傘だ。
 ――駄目だ、思考がすっかりキノコに毒されている。
 視線に加えてキノコの緊張もあり、疲労から小さなため息をつくと、クロードがそれに反応した。


「……疲れた?」
「え? あ、すみませんでした」
 王子とダンス中にため息など、さすがに失礼だ。
 キノコの傘をかぶったあなたを想像しましたなどと言えば、更に失礼だ。

 せめてキノコの王子にしよう。
 アニエスの中のクロードが、今度はキノコ型の王冠をかぶった。
 慌てて謝罪すると、何故かクロードは寂しそうに目を細める。

「ごめん。無理をさせたかったわけではないんだ。……少し休もう」
 早々に会場を離れると、装飾が美しい赤い扉の部屋へと通される。
 前回よりも少し広いその部屋に入ると、薔薇の模様があしらわれたソファーに座った。



「殿下、キノコのために私を招待したのですよね? でしたら舞踏会に出ずとも、キノコをお届けすれば十分ではありませんか? それとも、他に理由があるのでしょうか。モーリス様にはフィリップ様の件でのフォローではないと伺いましたが、となると女性除けということでしょうか」

「それは、違う」
 クロードは向かいのソファーに座ると、ポケットからキノコを取り出してテーブルに乗せた。
 ダンスの間に生えたヒナノヒガーサとキソウメンターケが、ずらりと並ぶ。
 素早くもいでポケットに押し込まれた割には、どれも傷一つなく美しい形のままだ。
 やはりキノコの変態はキノコあしらいが上手い、と感心してしまう。

「君に会いたいからだと、言っただろう?」
 さも当然という態度でそう言うクロードを見て、アニエスは思わず肩を落とした。
「……誤解を招く表現は控えた方がいいと思います」
「誤解? 君になら、誤解されても構わないが」
 何を言い出すのだろう、このキノコの変態王子は。

「誰にでも、そういうことを言っているのですか?」
「まさか。どちらかと言えば逃げ回っているよ」
 確かに浮いた噂もないと聞いたことがある。
 となると、ますます意味がわからない。
 混乱するアニエスをじっと見ていたクロードは、楽しそうに笑みを浮かべた。




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【今日のキノコ】
ヒナノヒガサ(雛日傘)
淡い橙色がかった黄色の傘を持つ、直系1cmほどの小さなキノコ。
恐らく毒はないのではないかと言われているが、確信は持てないらしい。
小さすぎて食べ応えがないせいか、食べてすらもらえないキノコの悲しさ。
ハナオチバタケ(「結局はキノコですか」参照)と一緒に、命を懸けて挑む人を心待ちにしている。

キソウメンタケ(「キノコ愛が露骨です」参照)
地面から生えるフライドポテト的な黄色いキノコ。
ヒナノヒガサの悩み相談に乗る、情に厚い一面を持つ。

ベニテングタケ(「赤いキノコが生えました」参照)
赤い傘に白いイボの、ザ・毒キノコなルックス。
クロードの運命のお相手(?)