「……それはまた、随分と誤解を生みかねない言葉ですね」
 王族らしからぬ物言いに、アニエスの表情が曇る。

「誤解というと?」
「その言い方では、まるで私を好ましく思っているかの様に聞こえます。あまり良い表現とは思えません。今後は無用な諍いを生まないためにも、他の表現をおすすめします」

 ただでさえ極上の獲物であるクロードがこんなことを言ったら、舞い上がった御令嬢が血で血を洗いかねない。
 だが元凶である美青年は気にする様子もなく、じっとアニエスを見つめている。

「それなら、間違っていない。少なくとも、俺は君に興味がある。でなければ、わざわざ招待して、ドレスを贈って、エスコートなんてしない」
「……は?」
 あまりにも意味がわからなくて、アニエスは固まる。

「また君を招待するし、エスコートしたい。ドレスも用意するから、着てくれる?」
「な、何故そんな」
「ドレスはすべて処分したんだろう? それを理由に辞退されると困るからね」
「そこではなくて。何故、私が」
 不信感を隠さないアニエスを見て、クロードは深いため息をついた。


「……では、正直に言おう。ひとめぼれなんだ」


 何を言われたのか理解できず、アニエスは呆然と鈍色の瞳の美少年を見つめる。
 すると、クロードはポケットからキノコを取り出した。
 ダンスの間にむしったと思われるキノコに混じって、萎びたキノコも混じっている。
 何なのだろうと首を傾げていると、クロードは萎れたキノコをつまんで、アニエスの前に掲げた。


「俺は、キノコが好きだ。――このキノコにひとめぼれしたんだ」


「……はい?」


 今度こそ何を言われたのか全く理解できず、アニエスは混乱のあまり口を閉じるのも忘れてクロードを見つめた。
 アニエスの様子に気付いていないらしいクロードは、萎びたキノコを持ったまま、嬉しそうに微笑んでいる。

「この色、艶、イボ、ヒダの揃い方、匂い、大きさ、手触り……すべてが完璧だ。人生でこれほどのキノコに出会ったことはない」
 クロードは盛り上がっているが、アニエスの方はどうしたらいいのかわからない。

「あの、どういうことでしょうか」
「だから、このキノコに惚れた」
 堂々と萎れキノコを差し出すクロードを見て、アニエスは気付いた。


 ――ああ、変態だ。


 よく見てみれば、クロードが持っているキノコは婚約破棄された舞踏会の帰りに、クロードに生やしたもの。
 赤い傘に白いイボのキノコ――ベニテングターケだ。
 何日も前のキノコを持っている時点でおかしいが、その上ひとめぼれとは。
 容姿も身分も持った極上の獲物だと思っていたが、どうやら極上の変態だったらしい。


「……そうですか。末永くキノコとお幸せにお過ごしください。それでは私は失礼します」
 触らぬ王族……もとい、変態にキノコなし。
 早々に離れるべきだろうとソファーから立ち上がると、キノコを手にしたクロードが驚いた顔をこちらに向けた。

「待て、どこに行くんだ。話は終わっていない」
「いえ、キノコと殿下の仲を邪魔するつもりはありません。帰ります」
「それは駄目だ」

 クロードは萎れたキノコをテーブルに置くと、素早く立ち上がりアニエスのそばに来た。
 ぎゅっと手を握られ、クロードの白い手袋にポンポンと灰白色のキノコが二本生える。
 木串の束に馬の鞍が乗った様なキノコは、確かノボリリュウターケだったと思う。
 だが、クロードは珍妙な姿のキノコに驚くでも恐怖するでもなく、どちらかと言えば恍惚の表情で見つめている。

「こんなに素晴らしいキノコを生やす女性は、初めてだ」
 それはそうだ。
 そもそも、キノコを生やす女性自体がいないだろう。

 いよいよ変態じみてきた言動に、アニエスは心のままに一歩後退ったが、クロードは手を離さないどころかより強く握りしめてきた。


「これも運命の赤い菌糸が繋ぐ縁だ。――俺と婚約してくれないか」


 曇りのない鈍色の瞳がまっすぐにアニエスをとらえる。
 ――史上最低のプロポーズを聞いてしまった。


 端正な顔立ちであることが、これほどに負の作用を及ぼすことがあるだろうか。
 アニエスの中でキノコ王子は一気に危険人物に格下げされた。
「……だったら、このキノコと婚約してください。おめでとうございます。失礼します」

 もう逃げないと、すぐ逃げないと。
 変態だ。
 それも、レベルの高い変態だ。

 手を振り払って離れようとするが、キノコ女と騎士では力が違う。
 逆にクロードに引き寄せられると、甘い果実のような香りが鼻をくすぐった。

「何を言っているんだ。君のことだぞ、アニエス・ルフォール」
 引き寄せた手を両手で握りしめられ驚いた瞬間に、クロードの手袋にはノボリリュウターケを取り囲む様に黄褐色のキノコの山が築かれた。
 オオワライターケだとは思うが、今はそれどころではない。
 キノコの山を見た鈍色の瞳は輝きを増し、まるで満天の星空の様に美しい。


「こんなに素晴らしいキノコを生やす女性を、逃すわけにはいかない。――結婚しよう」


 変態の言動は、本当に突飛で理解できない。
「――話が飛んでいます! 婚約じゃないんですか?」
「婚約なら良いのか?」

「良いわけがありません!」
 思わず叫ぶと、クロードはゆっくりとアニエスの手を離した。
「……悪くない話だと思うがな」
「え?」

 キノコの変態とはいえ、紛うことなき王族。
 さすがに失礼だっただろうかと心配になったが、クロードは特に不機嫌な様子もなく、自らの手袋に生えたノボリリュウターケとオオワライターケを撫でた。

 クロードが伏し目がちに手に視線を落とす様は、キノコの変態分を差し引いても美しい。
 視線の先にあるのがキノコであることを除けば、まさに麗しの王子そのものである。
 一見無害なのだから、これはまた質の悪い変態だ。




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【今日のキノコ】
ノボリリュウタケ(登竜茸)
灰白色で、木串の束の様な柄に、馬の鞍の様なでこぼこしたものが乗っている。
山で見かけたら何だかわからず、「ん?」と首を傾げてしまいそう。
食用ではあるが、十分に加熱しないと中毒症状があるらしい。
だがそれ以前に、食べて良いのか悩む形。

オオワライタケ(大笑茸)
黄褐色のブナシメジという見た目。
名前から察することができるが、毒キノコ。
神経系の毒があり、異常な興奮、幻覚、意識障害などが起こるらしく、全然笑えない。