舞踏会から数日がたち、アリシアは学園を休んで部屋に籠っていた。
 心配でたまらないフランは、娘の部屋の前で声を掛ける。

「アリシア、具合はどうだい? 悩んでいるなら、お父様に相談しておくれ」

「お父様、私は忙しいの。あっちに行ってちょうだい」

 娘の冷たい反応に心が砕け散るのは何度目だろうか。フランは愛娘に言われた通りにあっちに行くことにした。
 父親を追い払ったアリシアは、すでにその事すら忘れて、万年筆を片手にノートへ何かを書こうとして頭を抱えていた。

(どうしよう。ステファンのことが、なにも分からないわ)

 舞踏会で目の当たりにしたステファンの人気に、ウルスラの婚約者との不仲説に。
 アリシアから婚約者を奪おうとする敵役が大勢いることを知った彼女は、ステファンの心変わりを阻止すべく計画を立てることにしたのだ。ところが、どういう訳か、あれだけ一緒に過ごしているのに、ステファンの好きなものが何ひとつ思い浮かばないのであった。

「赤いドレスが好きなのはウィリアム様でしょ。花を育てるのが好きなのはクリスティアン様で。猫が好きなのはレオナルド殿下だわ」

 どれもこれも、出てくるのはアリシアが大好きな物語のヒーローの趣向ばかりなのだ。

(まるでヒーローたちが、とおせんぼしているみたい。ステファンが本の世界の奥に追いやられてしまったようだわ)

 ヒーローたち全員を押し退けなければ、ステファンには辿り着けないらしい。

「ステファンに直接聞くしかないわね。――でも、今さらなにも知らないことがバレたら、嫌われてしまうかしら」

 どうにかバレないように事を進めなければならないと、アリシアは心を引き締めたのだった。