自分が立っていられることが奇跡なくらいの困惑で、ドキドキする心臓をなだめていると、背後で4号車のドアが開いた。
「ぅ…」
 とっさに車窓から景色をながめるふりをしたのに。
「ぁあ、ここだったのね、…稲垣さん?」
 後ろ姿でも名指しされて、もう頭は真っ白状態。
 (どうしよう)
「席を探したんだけど……」
「――――鈴木さん?」
 声に思い当って。
 振り返るとやっぱり、恭太のファンらしいけど、たまに岡本とも親し気に話しているA組の子だった。
 掛居もベンチに座るときは、彼女となら話すのを屋上から見たことがあるし、彼女との話はもっぱらサッカーについてだと言っていた。
「あ。――はい、鈴木です。わたしを知っていてくれたのね」
「ぇと、あの……、うん」
 掛居からあなたの話を聞いたことがあるわ、なんて当然言えないので、どういう態度をとったらいいのか迷ってしまうけど。
 (平常心!)
「なぁに?」
 ほっと息をついた鈴木さんが、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。たまに岡本さんから稲垣さんのことは聞いてます」
「――ぇ」
「えと、わたし、あの、サッカーが好きなので」
「…………」
 そこは存じてるんですが。
 いま、新しい交流を始めようという気にはなれないのよ、ごめんね。
「あの、わたし……」「待って」
 4号車に向かおうとしたわたしに差しだされる手。
 白いビニール袋がぶら下がっている。