わたしたちの好きなひと

 あのときわたしの目からぽろりと落ちた涙は、自分のためじゃない。
 それが岡本の初めてのキスだったらどうしよう、と思ったから。
『ごめんなさい』
 そう言ったのは、岡本の大切なものを、岡本がいつか大切に思うひとのために、残してあげられなかったかもしれないって思ったからだ。
 だってわたしは…うれしかったから。
 恭太と経験できて、うれしかったから。
 でも……。
『ばーか!』って。
 岡本は『ばーか』って言って、ぽろぽろ涙をこぼしながら、人差し指と中指をわたしに差しだした。
『あんたなんか、これからわたしの召使だから。わたしに秘密を持てるなんて、思わないことねっ』
 わたしの両耳を引っ張ってわたしを揺さぶった岡本は笑っていた。
 ぽろぽろ涙をこぼしながら、笑っていた。
 きれいな子は、泣き顔もきれいだって、わたしが知った日。


 * * *


 見上げる空は、もう茜色。
 あっというまに12月。