あの日。
 わたしが恭太とふたりで脱走したあと、岡本はずっと掛居とふたりですごす羽目になって、掛居の殿様ぶりには相当辟易(へきえき)したらしい。
 掛居はどうやって山田の目をそらしたかは笑って言わないし。
《岡本さんの劇評って辛辣(しんらつ)で楽しい》とか。
《ロケットダンス見て あのひと良い蹴りしてるわ言うから 笑って 前に座ってたおばさんに怒られた》とか。
《おれの傘に入れてやったのに おれに傘を持てって言うんだよ》とか。
 恭太の笑いが止まらなくなるようなメッセも送ってきていたから、けっこう岡本とふたりになるハプニングも楽しんだようだけど。

 駅ビルでお土産のクッキーと、恭太が風邪をひかないように着替えのフルジップジャケットを買って。
 帰りは少しゆっくり合流場所の阪急の駅に向かったら、びっくりしたことに美術館組がもう集まってきていたので、わたしはクッキーの缶を恭太に放って女子トイレに避難。
『開けちゃったけど、だれか…食う?』
 恭太に言わせたのはわたしだって、岡本にはすぐバレた。
 それをまた掛居がいじわるに
『きみもだまされちゃったら、楽になるのにねぇ』なんて。
 岡本のプライドを粉々にする追い打ち。
 掛居の手裏剣みたいに不意打ちで刺さる必殺のひと言には、慣れているわたしでさえ気の毒で。
 ひとに知られてしまった片思いを、岡本がどうやって抱えていくのか。
 話も聞いてあげられない立場になってしまったのが、すごくすごく悲しかった。