そろそろと手を上げて。
 いま、恭太がふれた唇を、人指し指の先で確かめた。
 生まれて初めて男の子の唇を知った唇。
 わたしのものなのに、わたしのものじゃないみたい。
 カリッと指をかんでみて。
 (痛いや…)
 夢じゃないや。
 ぷるっと背中が震えた。

 恭太と。
 キス。
 恭太と……。

 となりで恭太の腕がごそごそ動いて。
 わたしの髪をかすめて伸びていくと。
 わたしの頭は恭太の肩に押しつけられた。
「冷たい唇して。寒いんだろ、もっとくっついとけ」
 ぶっきらぼうな恭太の言いかたがうれしい。
 そろっと浮いている大きな手から、恭太のどきどきが伝わってくる。
 ぴちゃん…と、恭太の髪から、雨の雫がわたしの頬に落ちてきた。
 もうひとつ落ちてくるのは、わたしの目から?

 おばあちゃん、ごめんね。
 こんなときに、なんでわたしの目は、ずっとおばあちゃんを見ているんだろうね。
 おかしいね。
 (ぁ……)
 おばあちゃんが、笑った。
 目をつぶって。
 眠る…ふり?
 (ごめんね)
 ごめんね、おばあちゃん。
 もう少し。
 もう少しだけ。
 見ないふりをしてくださいね。
 恭太がわたしたちの1年と8カ月を一所懸命うめてくれてるの。
 わたしからは離れられない。
 (離さないで)
 もう離れたくない。