夕霧の崖、鬱蒼とした森の中で助けられた時の感情と衝撃。

 アーシェリアスに感じたそれは、今思えば一目惚れだった。

 共に旅に出てからは、眩しいほどの前向きさや勇敢な立ち振る舞いに惹き付けられていくばかり。

 しかし、アーシェリアスとザックの距離が縮まっていくのに気づいてしまった。

 アーシェへの礼にと用意したプレゼントも渡せないままだ。

 そして今、状況的にはかなり不利になっている。

(それでも、諦めるつもりはない)

 想いが叶わないとしても。

「アーシェを泣かせたりしたら、ザックでも絶対許さないから」

 だから中途半端なことだけはするなと釘を刺すように、真剣な目でザックを見つめてから、ノアは廊下にザックを置いて部屋へと戻った。



「はぁ……」

 深夜の廊下にザックのため息が落ちる。

「俺だって本気だ。だから、立場を理解しながらも……諦めきれない」

 抑えきれなくなった胸の内を吐露し、ゆっくりと立ち上がったザックは、アーシェリアスの部屋を振り返った。

(触れれば触れるほど、手離せなくなる)

 今すぐアーシェリアスの元に戻りたい衝動を、唇を引き結んで耐え、ザックは自分の部屋へと踵を返した。