──幾日目だったか。

 とある田舎町でのんびりと過ごしていたハクジュは海に出た。

 様々な世界を映すことができる神界の大鏡や、神アプリは目にしたことはあったが、実物を見るのは初めてだ。

 太陽の光を受けて煌めく水面。

 果てを隠して空と海を隔てる水平線。

 寄せては返す波音が鼓膜を優しく刺激し、塩を含んだ海風がハクジュの髪を揺らす。

「これが、海!」

 神界には川や湖と滝があるが海はない。

 感動し、興奮したハクジュは『海水はしょっぱい』という情報を思い出し、舐めてみたいと防波堤から飛び込もうとしたのだが。

「だ、だめですーーっ! 死んじゃいますよっ!」

 悲鳴にも似た甲高い声が聞こえたかと思うと、ぐんと袖を引っ張られた。

 足元がぐらつき、バランスを崩して防波堤に尻もちをつく。

 一体何事かと袖を掴んだままの相手を確認すれば、首に白いマフラーをぐるぐると巻いた少女が、ひとつに結い上げた黒髪を海風に揺らし、必死な形相でハクジュを見つめている。