「すみません」
謝ると、芦屋さんはゆっくりとこちらを見て、私の顔を覗き込む。
まるで心の中まで見透かされそうなほど鋭く妖しい視線に、鼓動が加速していく。
「菜那」
「菜那?」
芦屋さんの声と重なったのは、芦屋さんよりもかなり低い声。
振り向くと、ド派手な金色の薔薇の絵が全身に散りばめられた黒のジャージにサングラスという目立つ出で立ちの男性がいた。
「昴」
「すばる?」
芦屋さんが昴を見ながら復唱したので、昴の隣に立ち、紹介する。
「こちらお隣に住む2歳上の前田昴さん。昴。こちらは友達…の芦屋さん」
昴に向けて会釈した芦屋さんに、昴もペコっと小さく頭を下げた。
「菜那。体調、大丈夫か?」
芦屋さんへの挨拶もそこそこに、いつもと同じ台詞を吐く昴。
「フフッ」
今までどことなく夢心地でいた分、いつも通りであることがなんだか無性に可笑しくて笑うと、昴の片方の眉が少しだけ上がった。
「ごめん。なんでもない。体調は大丈夫だよ」
「そうか。じゃあ、先行くな」
そう言ってから芦屋さんにもう一度会釈して場を離れようとした昴に、無意識のうちに手を伸ばした。
「なに?」
「え?あ、えっと…あ、そうだ。昴、傘持っている?あ。持っているね」
昴の手にあるビニール傘を見てから、また昴を見上げる。
「家まで一緒に入っていってもいい?」
芦屋さんには駅で借りる、なんて言っておきながら、昴に相合傘を頼む。
明らかに矛盾しているのは分かったけれど、芦屋さんとふたりきりでいるとどうしていいか分からなくなってしまうから、昴にいて欲しかった。


