「中途半端に引退とかしないよ。お世話になった事務所の社長や関係者、それにファンに申し訳ないからね。でも休みを急に取るには『引退したい』って言って騒ぐしかなかったんだ。案の定、マネージャーと事務所は『休みをあげるからもう少し考えて』って言ってきた」
「もしかして、引退撤回も私の名前を使っただけだったんですね?」
『如月菜那って子に連絡してくれ。会えたらもう少し頑張ってみるから』
越水さんに聞かされた話だ。
あえて言わず、名前も出さなかったけれど、話の内容から芦屋さんは分かったようで、「越水さんか」と言って眉根を寄せて笑った。
でも、それもつかの間。
口元から笑みを消すと、私を見下ろした。
「菜那にもう一度会いたかったのは本当だよ。たしかに引退撤回に使わせてもらっちゃったけど、越水さんに詮索されずに高校にまで連絡して、探してもらえる方法はほかに思いつかなかった。気分を悪くしたなら謝る。ごめん」
「いえ」
謝ってもらいたくて言ったわけじゃない。
首を横に振ると、芦屋さんはホッとしたように小さく微笑んだ。
「俺、やっぱり菜那にはなんでも話せるな。菜那と出会えてよかった。心を許せる人が俺にはいなかったから。菜那との出会いは奇跡だ」
言葉のひとつひとつが胸に刺さる。
きゅうっと胸が締め付けられる。
ダメだ。
これ以上、芦屋さんと一緒にいたら、恋をしないっていう決意が揺らいでしまう。
願いを叶えるための犠牲として恋愛は諦め、神様に願い事をしてきたばかりなのに。
芦屋さんに惹かれてしまったことで長生き出来なくなって、父を見送れなかったら後悔しか残らないんだから。


