「検査結果が悪かったわけじゃないから」
父にそう言って出かけることの許可はもらったけれど、移植腎の異常は、血液検査の値、蛋白尿などだけでは必ずしも発見できないと主治医に言われ、詳しい検査を受けた方がいいと言われたことがどうしても引っ掛かっているらしい。
術後何度も受けてきたものだから過敏に反応するようなことでもないのに、久しぶりの精密検査に父は異常なほど心配をしている。
「体は大丈夫なのか?やっぱり出かけないで家にいたらどうだ?外の食事は濃いものばかりだろう」
「そうだね。でも約束を破るのはダメでしょう?食べ物には十分気をつけるし、芦屋さんにもちゃんと話して、夕方までには帰って来るから」
昨日の夜から何度も繰り返しているやり取りを玄関先まで続け、不安そうな顔をしている父に、努めて明るい笑顔と声をかける。
「行ってきます」
「くれぐれも気をつけるんだぞ」
父の絞り出すような声が頭の中で鳴り響き、曇天の空が気持ちを重くする。
父に不安を与えてしまう自身の体が不甲斐なく、気持ちが沈む。
だから約束の場所である、初めて出会った駅構内に芦屋さんが現れても全然、気が付かなかった。
というより、普通、気が付かないと思う。


